3日後。
いよいよ新学期。
席につくと、たった一か月ぶりだけどすごく久しぶりな気がした。
そして久しぶりに見る制服姿の瀬名くんも、少し遅れて登校してくる。
「おはよ、あかりちゃん」
そう呼びかけてくる瀬名くんは、やはりなんだか夏休み前の毎朝より柔らかな表情をしている気がした。
それに驚いて少し固まっていると、瀬名くんが心配そうにのぞきこんできた。
「どうしたの?」
「あ、ううんっ!おはよ、瀬名くん」
こうしてなんだかうれしい気持ちとともに、私の新学期が始まった。
だけどそんな気持ちとは裏腹に、新学期早々席替えをすることが決まった。
夏休み中に先生が準備していたらしく、始業式のあと先生がホワイトボードに席をかいていく。
席順がかき進められるにつれ、ざわつく教室。
「せっかく瀬名くんと仲良くなったのになぁ・・・」
「俺と離れるのさみしい?」
「・・・・うん」
私が素直にそういうと、さみしいって言ってるのになぜか瀬名くんは若干うれしそうにした。
「まあ別にクラスはいっしょなんだし、話す機会はいっぱいあるじゃん」
「それはそうだけどさ」
「じゃあさ、今日からは教室でも普通に話しかけていい?」
夏休み前は目立つからって理由で人前であまり話しかけないようお願いしていたのだ。
ただ瀬名くんと席が離れるのがさみしいのが本当のこととはいえ、目立つのが嫌なのは変わらない。
「うーん・・・、緊急の時ならいいよ・・・」
「何緊急の時って。そんなときなかなかないでしょ」
「そう。だから基本的には話しかけちゃダメってこと」
「全然変わってないじゃん」
「えー・・・だってー・・・」
なんと言われようとしょうがない。
秘密を隠すためにはやはり目立たず生きるのが一番なのだから。
「俺教室でもあかりちゃんともっとしゃべりたいんだけどなー・・・」
「そんなこと言われたって困る」
「けち」
「けちって・・・・。まあでも私も瀬名くんとのおしゃべりは楽しいからさ、月曜日はいっぱい話そうね?」
「!・・・・うん」
ざわめく教室の中、二人して目立たないようひそかに笑いあった。
だけどふと前を見た瀬名くんが、こらえきれないって感じで笑い出した。
「えっ・・・・何?どうしたの?」
「見て、前」
「ん?」
促されるままに前を見ると、なんと今とは反対側の端っこの真ん中のあたりで、私と瀬名くんの名前が並んでいた。
思いもよらない展開で思わず固まっていると、私の何列か前にいる女の子が手を挙げた。
「せんせー!!前回と隣の席が同じな人がいてもいいんですかー?」
その子はよく瀬名くんと話している子だったから、たぶん私が二連続で瀬名くんの隣になってしまったのが嫌だったんだろう。
「くじ引きで決めたからな、そういうこともあるだろう。まあ二連続くらいならいいんじゃないか?目が悪くて前がいいって人だけは今週中に申し出てくれれば変更するからなー」
先生の言葉に、納得はし切れていないようだったけどその子は手を下げた。
思わぬ形で目立ってしまって戸惑う私とは対照的に、瀬名くんは楽しげに私に話しかけてきた。
「くじびきで二連続隣だって。俺ら運命じゃん?」
「・・・・気楽だなぁ・・・」
「あかりちゃんが重くとらえすぎなだけじゃん?どうせ二年生以降になったら二連続で席隣どころか、一回もクラス一緒になんないはずなんだから今多少目立っても問題ないって」
「・・・・まあそうかもね。確かに、だいたい隣の人が話したことない人で憂鬱な気分に浸ってる普段の席替えを思えばましかぁ」
こうして始業式後のHRも終わって、その日は早帰り。
帰り支度をする私のもとに、さっき手を挙げた女の子が近づいてきた。
「ねえ九鬼さん、お願いがあってさ」
「え、あ、はい・・・。何ですか・・・?」
よく瀬名くんと話しているから名前は耳にする。
音央ちゃんってよばれていたはず。
苗字は確か・・・・島崎さん?だった気がする。
「私一番前なんだけど、涼我の隣になりたいから変わってほしい」
直球で来た。
すごい行動力だし、すごい正直さだ。
思わずそのすごさに圧倒されて席を譲りかけたけど思いとどまる。
「い、一応勝手な席交換は・・・・なし、なんじゃ・・・・」
「そうだけど九鬼さんが目が悪いってことにすれば席の融通利くじゃん?私ちょうど一番前になったし」
「そ、そう、だね・・・・」
島崎さんの勢いに圧倒されて、というか凜と瀬名くん以外の同級生と話すのが久しぶりで、ついしどろもどろになってしまう。
このままじゃたぶん断れなくて席を交換してしまいそうだ。
(っていうか別に交換してもよくない・・・?瀬名くんの隣って目立つし、そのほうが絶対客観的に考えればいいよね・・・・)
客観的に、考えればそうだ。
だけど。
客観的な利益のために、主観的な利益を捨てないといけないの?
私が瀬名くんの隣に慣れてうれしいって気持ち、捨てちゃっていいの?
「・・・・」
「ねぇ、先生に言ってくれる?」
「・・・・えっと」
ここで交代したくないですって言ったらどうなるんだろう。
こじれるかな。
印象悪くなるかな。
「・・・・わ」
「?」
「わっ・・・・私、瀬名くんの隣が・・・・いいです・・・・」
「・・・・・」
言い終わってから島﨑さんの方をうかがうけど、どう思ってるのか全く読み取れない。
「・・・・もしかしてだけど、涼我のこと好き?」
「あっ!そういうのでは全くないです!!もう、ほんと!!全然です!!」
「いやそんなに否定されると逆に疑わしく思えてくるんだけど・・・・」
「えっ!?いやほんとのほんとですよ!?ただ普通にあの、友達として隣の席のままがいいなぁって・・・!!あの、え、これ別に普通ですよね・・・・!?わ、私凜と仲いいけど凜が隣でも同じこと言うしそれと同じで―――――――」
「あははっ!いやもう伝わったって」
島﨑さんはなにがおかしいのやら、けらけら笑い出した。
「九鬼さんあせりすぎでしょ!とりあえず涼我のこと好きってわけじゃないのは伝わったからいいよ」
「あ、そ、そうですか・・・・よかったです・・・・」
「まあ好きだとしても誰にも譲るつもりないし関係ないけどね!」
「あ、はい・・・、がんばってください・・・」
すごく正直で、すごくいい子だった。
こじれるかもとか印象悪くなるかもとか考えていた自分が恥ずかしいくらいだ。
「ていうか九鬼さん敬語やめてよー、同い年なんだしタメ口でいいでしょ」
「あ、はい・・・・じゃなくてうん・・・」
「私なんなら先輩にすらタメ口で話しちゃうことあるわー」
「そ、それはやばいよ・・・」
「やばいよねー」
またけらけら笑う島崎さん。
ちょっと違うけど、快活な感じといいまっすぐな性格といい、どことなく凜に似ている。
そこに帰る用意をするために、かばんをもって瀬名くんが現れる。
「あれ?音央ちゃんとあかりちゃん仲良かったっけ・・・?」
「いや九鬼さんと話したの今が初めてだよー」
「その割に仲良さそうじゃん」
「えー?案外九鬼さんと涼我のほうが仲いいんじゃないの~?」
「女の子はみんな大事だからどっちがとかないよー」
「またそういうこと言う」
島﨑さんは楽しそうに瀬名くんと話していて、恋をするってこういうものなんだって肌で感じる。
「じゃあ涼我、私が九鬼さんと隣になりたいから変わってっていったら席替え変わってくれんのー?」
「んー、それはやだなー」
「ほら」
「別にあかりちゃんが特別とかじゃなくて、誰も特別扱いしないように、ね?」
瀬名くんは島崎さんの追及をうまく逃れていて、先ほどの自分の逃れ方を思い出すと嫌になってきた。
・・・・もしかしたら瀬名くんは本心からこう言っているのかもしれないけれど。
どちらにせよわかっていたことではあるが、私はもう少し人見知りを解消しなければいけないようだ。
自分の人見知り具合にため息をつきながら、私はいそいそと帰り支度を進めるのだった。
いよいよ新学期。
席につくと、たった一か月ぶりだけどすごく久しぶりな気がした。
そして久しぶりに見る制服姿の瀬名くんも、少し遅れて登校してくる。
「おはよ、あかりちゃん」
そう呼びかけてくる瀬名くんは、やはりなんだか夏休み前の毎朝より柔らかな表情をしている気がした。
それに驚いて少し固まっていると、瀬名くんが心配そうにのぞきこんできた。
「どうしたの?」
「あ、ううんっ!おはよ、瀬名くん」
こうしてなんだかうれしい気持ちとともに、私の新学期が始まった。
だけどそんな気持ちとは裏腹に、新学期早々席替えをすることが決まった。
夏休み中に先生が準備していたらしく、始業式のあと先生がホワイトボードに席をかいていく。
席順がかき進められるにつれ、ざわつく教室。
「せっかく瀬名くんと仲良くなったのになぁ・・・」
「俺と離れるのさみしい?」
「・・・・うん」
私が素直にそういうと、さみしいって言ってるのになぜか瀬名くんは若干うれしそうにした。
「まあ別にクラスはいっしょなんだし、話す機会はいっぱいあるじゃん」
「それはそうだけどさ」
「じゃあさ、今日からは教室でも普通に話しかけていい?」
夏休み前は目立つからって理由で人前であまり話しかけないようお願いしていたのだ。
ただ瀬名くんと席が離れるのがさみしいのが本当のこととはいえ、目立つのが嫌なのは変わらない。
「うーん・・・、緊急の時ならいいよ・・・」
「何緊急の時って。そんなときなかなかないでしょ」
「そう。だから基本的には話しかけちゃダメってこと」
「全然変わってないじゃん」
「えー・・・だってー・・・」
なんと言われようとしょうがない。
秘密を隠すためにはやはり目立たず生きるのが一番なのだから。
「俺教室でもあかりちゃんともっとしゃべりたいんだけどなー・・・」
「そんなこと言われたって困る」
「けち」
「けちって・・・・。まあでも私も瀬名くんとのおしゃべりは楽しいからさ、月曜日はいっぱい話そうね?」
「!・・・・うん」
ざわめく教室の中、二人して目立たないようひそかに笑いあった。
だけどふと前を見た瀬名くんが、こらえきれないって感じで笑い出した。
「えっ・・・・何?どうしたの?」
「見て、前」
「ん?」
促されるままに前を見ると、なんと今とは反対側の端っこの真ん中のあたりで、私と瀬名くんの名前が並んでいた。
思いもよらない展開で思わず固まっていると、私の何列か前にいる女の子が手を挙げた。
「せんせー!!前回と隣の席が同じな人がいてもいいんですかー?」
その子はよく瀬名くんと話している子だったから、たぶん私が二連続で瀬名くんの隣になってしまったのが嫌だったんだろう。
「くじ引きで決めたからな、そういうこともあるだろう。まあ二連続くらいならいいんじゃないか?目が悪くて前がいいって人だけは今週中に申し出てくれれば変更するからなー」
先生の言葉に、納得はし切れていないようだったけどその子は手を下げた。
思わぬ形で目立ってしまって戸惑う私とは対照的に、瀬名くんは楽しげに私に話しかけてきた。
「くじびきで二連続隣だって。俺ら運命じゃん?」
「・・・・気楽だなぁ・・・」
「あかりちゃんが重くとらえすぎなだけじゃん?どうせ二年生以降になったら二連続で席隣どころか、一回もクラス一緒になんないはずなんだから今多少目立っても問題ないって」
「・・・・まあそうかもね。確かに、だいたい隣の人が話したことない人で憂鬱な気分に浸ってる普段の席替えを思えばましかぁ」
こうして始業式後のHRも終わって、その日は早帰り。
帰り支度をする私のもとに、さっき手を挙げた女の子が近づいてきた。
「ねえ九鬼さん、お願いがあってさ」
「え、あ、はい・・・。何ですか・・・?」
よく瀬名くんと話しているから名前は耳にする。
音央ちゃんってよばれていたはず。
苗字は確か・・・・島崎さん?だった気がする。
「私一番前なんだけど、涼我の隣になりたいから変わってほしい」
直球で来た。
すごい行動力だし、すごい正直さだ。
思わずそのすごさに圧倒されて席を譲りかけたけど思いとどまる。
「い、一応勝手な席交換は・・・・なし、なんじゃ・・・・」
「そうだけど九鬼さんが目が悪いってことにすれば席の融通利くじゃん?私ちょうど一番前になったし」
「そ、そう、だね・・・・」
島崎さんの勢いに圧倒されて、というか凜と瀬名くん以外の同級生と話すのが久しぶりで、ついしどろもどろになってしまう。
このままじゃたぶん断れなくて席を交換してしまいそうだ。
(っていうか別に交換してもよくない・・・?瀬名くんの隣って目立つし、そのほうが絶対客観的に考えればいいよね・・・・)
客観的に、考えればそうだ。
だけど。
客観的な利益のために、主観的な利益を捨てないといけないの?
私が瀬名くんの隣に慣れてうれしいって気持ち、捨てちゃっていいの?
「・・・・」
「ねぇ、先生に言ってくれる?」
「・・・・えっと」
ここで交代したくないですって言ったらどうなるんだろう。
こじれるかな。
印象悪くなるかな。
「・・・・わ」
「?」
「わっ・・・・私、瀬名くんの隣が・・・・いいです・・・・」
「・・・・・」
言い終わってから島﨑さんの方をうかがうけど、どう思ってるのか全く読み取れない。
「・・・・もしかしてだけど、涼我のこと好き?」
「あっ!そういうのでは全くないです!!もう、ほんと!!全然です!!」
「いやそんなに否定されると逆に疑わしく思えてくるんだけど・・・・」
「えっ!?いやほんとのほんとですよ!?ただ普通にあの、友達として隣の席のままがいいなぁって・・・!!あの、え、これ別に普通ですよね・・・・!?わ、私凜と仲いいけど凜が隣でも同じこと言うしそれと同じで―――――――」
「あははっ!いやもう伝わったって」
島﨑さんはなにがおかしいのやら、けらけら笑い出した。
「九鬼さんあせりすぎでしょ!とりあえず涼我のこと好きってわけじゃないのは伝わったからいいよ」
「あ、そ、そうですか・・・・よかったです・・・・」
「まあ好きだとしても誰にも譲るつもりないし関係ないけどね!」
「あ、はい・・・、がんばってください・・・」
すごく正直で、すごくいい子だった。
こじれるかもとか印象悪くなるかもとか考えていた自分が恥ずかしいくらいだ。
「ていうか九鬼さん敬語やめてよー、同い年なんだしタメ口でいいでしょ」
「あ、はい・・・・じゃなくてうん・・・」
「私なんなら先輩にすらタメ口で話しちゃうことあるわー」
「そ、それはやばいよ・・・」
「やばいよねー」
またけらけら笑う島崎さん。
ちょっと違うけど、快活な感じといいまっすぐな性格といい、どことなく凜に似ている。
そこに帰る用意をするために、かばんをもって瀬名くんが現れる。
「あれ?音央ちゃんとあかりちゃん仲良かったっけ・・・?」
「いや九鬼さんと話したの今が初めてだよー」
「その割に仲良さそうじゃん」
「えー?案外九鬼さんと涼我のほうが仲いいんじゃないの~?」
「女の子はみんな大事だからどっちがとかないよー」
「またそういうこと言う」
島﨑さんは楽しそうに瀬名くんと話していて、恋をするってこういうものなんだって肌で感じる。
「じゃあ涼我、私が九鬼さんと隣になりたいから変わってっていったら席替え変わってくれんのー?」
「んー、それはやだなー」
「ほら」
「別にあかりちゃんが特別とかじゃなくて、誰も特別扱いしないように、ね?」
瀬名くんは島崎さんの追及をうまく逃れていて、先ほどの自分の逃れ方を思い出すと嫌になってきた。
・・・・もしかしたら瀬名くんは本心からこう言っているのかもしれないけれど。
どちらにせよわかっていたことではあるが、私はもう少し人見知りを解消しなければいけないようだ。
自分の人見知り具合にため息をつきながら、私はいそいそと帰り支度を進めるのだった。