「お、お邪魔しまーす・・・・」

「どうぞどうぞ、遠慮なくあがってー」


 瀬名くんの家はびっくりするくらい広かった。だけど隅々まで掃除が行き届いていて、かなり育ちがいいことがわかる。


「一応俺の部屋あるけど・・・・リビングでする?」

「え、なんで?」

「いや・・・・だって付き合ってもない男の部屋入るのって・・・さ」

「あ!あ、うんっ、な、なるほど・・・・」

「まあ言っても今俺以外いないから変わんないかもだけど・・・・」


 玄関からリビングに入ると、私が来る前に始めていたのか、すでに勉強道具が広げられていた。


「今飲み物出すから待ってて」

「あ、いいのに・・・・」

「まあまあ、座っててよ。ていうか家に入れちゃって今更だけどあかりちゃん彼氏いないよね?大丈夫?」

「あっ!うん!大丈夫びっくりするくらいいないから!」

「何びっくりするくらいいないって」


 瀬名くんは笑いながら冷えた麦茶をもってきてくれる。


「だって彼氏いない歴=年齢だから・・・」

「へー、あかりちゃん彼氏いたことないの?意外だなぁ」

「全然意外じゃないよー。だって友達すらいないのに」

「あはは、そうだったね。俺が友達第一号だもんね」

「そうそう」


 瀬名くんが座ったのを見計らい、勉強を始める。
 私は昨日私とのやりとりのあと急いで終わらせたという数学ワークを丸つけにかかる。途中までは丸つけが終わっているようので、あまりを時間かけずに終わらせられそうだ。


「瀬名くんは何やるの?」

「んー?とりあえずあかりちゃんが丸付けやってくれるっていうからワーク類優先かなぁ。ワークの残りは国語と英語が何ページかと化学がまるまる残ってる」

「やばいってそれ」

「だよね。急ぐわ」


 そう言って瀬名くんはワークにかかる。

 集中しているようなので、私も無言で丸付けをする。

 一時間ほどして国語のワークが、そこからさらに一時間ほどして英語のワークがまわってきた。
 丸付けていると、瀬名くんはどうやら数学は得意だけど国語、英語は苦手らしい。

 得意不得意だけで考えると、二年生になったら理系を選びそうだ。

 瀬名くんは集中してワークに取り組んでいたけど、英語が終わってしばらくしたあたりで集中が切れたらしく、いったん休憩をはさむことになった。


「・・・・つかれたー・・・・」


 疲れ切っている瀬名くんに、来る前に買ってもってきたお菓子を差し出す。


「うぁー!ほんと気が利きすぎるあかりちゃん・・・・」

「そうやって瀬名くんが疲れてる姿見るの珍しいね。この間のプールだってこんなに疲れてなかったし」

「だって体動かすのは心地いい疲れだけどさ、勉強はぜんっぜん心地よくない・・・・むしろ最悪な疲れじゃん」


 愚痴を言いながらチョコクッキーをひとつ口に放りこんだ。


「ていうか頼んでおいてだけどあかりちゃんは課題大丈夫?」

「もう終わってるから大丈夫」

「すごっ・・・」

「まあ私は夏休み後半ほとんど予定なかったし。逆に瀬名くんは大忙しだったでしょ?」

「忙しかったのかなぁ?例年通りくらいだったけど」

「たぶん瀬名くんは例年が忙しいと思う・・・」


 私もお菓子を食べながら、ふとさっき思ったことを聞く。


「・・・・そういえばさ、瀬名くんは数学が得意みたいだけどやっぱり理系に進むの?」

「んー、まあ今のとこ絶対これやりたい、みたいなのないし得意なほうでって考えるとそうなるかなー・・・。あかりちゃんは?」

「私は逆に絶対文系。理科系は百歩譲ってまだましだけど、数学がほんとにできないもん・・・・」

「そっかー。じゃあこのままいくと来年は別のクラスになりそうかな」


 うちの学校は二年生で理系と文系に分かれ、二、三年生のクラス分けは理系と文系によって決まる。


「そうだね・・・・、瀬名くんと同じクラスになれるのは今年が最初で最後ってことだもんね・・・」


 思わず「さみしいなぁ・・・」なんてつぶやいてしまう。

 それを聞いた瀬名くんは少しびっくりしたような顔をしてからふっと笑う。


「クラスが別になったって吸血は続けるから安心しなよ」

「う、まあそれはありがたいけどそういうことじゃなくてさー・・・」

「え~?じゃあどういうこと~?」

「クラスが違うとどうやったって席が隣になんてなれないしさー、文化祭とか球技大会でも別チームになっちゃうしー・・・・」

「ほうほう、あかりちゃんは俺と隣の席になりたいし文化祭とか球技大会では同じチームになりたいのかー」


 にやにやしながらそう言われて、からかわれたのだと気づく。


「・・・っ!な、なりたいですけど何か・・・!?」

「あははっ、からかってごめんって」


 瀬名くんは笑いながらクッキーをひとつつまみ、私の口に近づけてくる。


「ごめんね?ほらあーん」

「あ、あー・・・ってこれもらったって許さないからね?私が買ってきたやつだし」

「バレたか」

「バレないわけがないでしょ!」


 瀬名くんはまた楽しそうに笑った。

 なんだか最近の瀬名くんはよく笑ってくれる気がするけど、気のせいだろうか。
 それとも、少しずつ距離が縮まりつつあるって思ってもいいのだろうか。


「まあ素直でかわいいあかりちゃんのために、今年の文化祭とか球技大会ではあかりちゃんのことめいっぱい楽しませるね?」

「もうっ・・・からかわなくていいから・・・っ!」

「からかってないよ。あかりちゃんが素直でかわいいのはほんとだし、今後の学校行事で楽しませたいっておもったのも本心だから」


 そう言ってさわやかに笑う瀬名くんは、本気で言っているのかいないのか読み取れない。


「はいはい。とにかく、私をからかう元気があるなら勉強に戻るよ」

「うっ・・・・もうちょっと休ませてよー・・・・」

「ほら、今日頑張ればあとが楽になるからさ。とりあえず化学を・・・・15ページ進めたらまた休憩していいから」

「はーい・・・・」


 嫌々って感じで始めた瀬名くんはさっきと違って話しながらだったけど化学のワークを進め、私は国語、英語の丸付けと生物の調べ課題を終わらせた。


 休憩と昼食をはさみつつ瀬名くんが化学のワークを終わらせると、もう夕方ごろになっていた。


「もう夕方だね・・・、とりあえず私は化学の丸付けぱぱっと終わらせちゃうから、その間に瀬名くんはワーク以外のやつを進めてね。確か作文と進路の調べ課題があったよね?」

「うー・・・もうやだ・・・・俺ももう今日はやんない・・・・」


 疲れすぎて机に突っ伏す瀬名くんを無理やり机から引きはがす。


「私が丸付けやってる間だけがんばろ?私がいる間に終わらせられるだけ終わらせた方がいいから。すぐ丸付け終わらせるから!」

「・・・・・うん・・・」


 力なく動き出した瀬名くんは最後の力を振り絞って作文に取り掛かる。
 途中疲れのせいか、あぁとかうぅとか苦しみのうめきをあげていたけど、どうにか私が丸付けを終えるまで耐えきれたようだ。


「さ、終わったよ瀬名くん」

「・・・・うん」


 瀬名くんはまず持っていたシャーペンを振り投げ、あっという間に机に広がっていた数々の課題を片付けた。見るのも嫌ってことだろうか・・・・。


「もう日が落ちちゃったね、遅くなったけど帰ろうかな」

「・・・・・あ、肝心の吸血は?」

「あ」


 完全に勉強がメインになってしまって失念していた。


「でもそんなに疲れ切ってるのに血吸っても大丈夫なの?私は始業式の日でもいいけど・・・・」

「俺は大丈夫・・・・、それにこんなに手伝ってもらったんだからなんか返したいし。絶対あかりちゃんがいなかったら間に合わなかったもん」

「・・・・そういうことなら」


 疲れ切っている瀬名くんにはいつも通りそのまま座っておいてもらって、私は瀬名くんに近づく。

 負担をかけないよう急いで終わらせようと、瀬名くんが首を傾けて首筋を差し出してくる前に、私が髪をよける。


「わ、何々?大胆ー」

「もう、からかわないでってば」

「はいはい」


 からかってくる瀬名くんに少し意地悪をし返そうと、少しだけ強く咬んでみた。もちろんピリッと痛む程度だろうが。


「・・・・っ」


 血を飲み、傷を治して瀬名くんから離れる。


「わざとちょっと痛くしたでしょ」

「だって瀬名くんがからかってばっかりだから。ちょっとした仕返し」

「わかったって。もうしないからさ」


 とか言いつつたぶんまた会うたびからかわれるんだろう。

 次に会うのは新学期。
 そのときにはこの長く短かった夏休みも、終わりを迎えている。