遡ること数日前。
私はいつも通り、体まですっぽり影に覆われるほどの、大きな蝙蝠傘を手に家を出た。
家の外は恨めしいほどさんさんと太陽が照り付けている。
だけど文句を垂れていたって日差しが弱まるはずもなく、しぶしぶ傘を広げて炎天下の下に足を踏み出した。
(日差しに弱いこともそうだけど、ほんとめんどくさいんだよねー・・・・)
はあ、と思わずため息をこぼしながら心の中で愚痴る。
(吸血鬼って・・・・)
そう、私、こと九鬼 紅里は吸血鬼なのだ。
吸血鬼というと正確じゃなくて、実際は吸血鬼の末裔というのが正しい。
だから別に日差しを浴びても灰になって死ぬことはないんだけど、肌がひりひりと痛む。
そのせいで完全UVカットの幅が広い日傘が手放せない。このセンスのかけらもない蝙蝠傘とはもう長い付き合いだ。
(今日の体育は外でやるって話だったし、レポート書かないといけないよねー・・・・)
学校側には皮膚の病気と伝えてあるので、体育を外でするときは授業を休んで代わりにレポートを書かされる。
正直言ってめちゃくちゃめんどくさいが、進級できないのは困るのでやるしかない。
「あかり!おはよ!」
心の中でぐちっていると、同じクラスの子に話しかけられた。
「凜、今日は早いんだね。いつもぎりぎりなのに」
「そう!昨日寝落ちちゃってさー、起きたら五時だった!」
そう言って快活に笑う彼女。
天野 凜、彼女は私のクラスメイトであると同時に、私の祖母の姉の孫、はとこという存在に当たる。
別の祖父母から吸血鬼の血筋が来ているので、親戚とはいえ凜は吸血鬼の末裔ではないんだけど、私が吸血鬼の末裔であることは知っている。
学校内で唯一そのことを知っていて、唯一心を許せる存在だ。
「にしても今日席替えだよね、どこになるか楽しみだね!」
「凜は友達多いからだよ・・・・、私は憂鬱・・・・」
「あかりも友達増やせばいいじゃん!私とも普通に接してるし他の子もいけるんじゃない?」
「うーん・・・・どうだろ・・・・」
深入りすると吸血鬼の末裔ってことがバレそうで、私は友達らしい友達を作ったことがない。
胸を張って仲がいいと言えるのは凜くらいだ。
吸血鬼の末裔だとバレたら、信じてもらえなくて頭がおかしい人として距離を置かれるか、信じてもらえて吸血鬼という危ない存在として距離を置かれるか。
どちらにせよ距離が置かれる気がする。
凜とそんな他愛ない話をしながら学校に向かい、教室に入る。
「あ、席替えの結果張り出されてる」
凜の言葉でホワイトボードに目を向けると、A4くらいの紙がマグネットで留められていた。
「えー・・・っと、私たちの席はー・・・・」
心の中で、どうか凜の近くでありますように、と祈りながら名前を探す。
「あった!ってめっちゃ先生の真ん前・・・!」
「私は窓際の一番後ろ・・・・」
「まじか!正反対じゃん!」
「だねー・・・・」
内心すごくがっかりしたけど、凜は仲がいい子が何人か近くにいると気づいて喜んでいたので、それに水を差さないよう黙っていた。
「ん、ていうかあかり、瀬名くんの隣じゃん!」
「うん、そうみたいだね」
「え、何その反応!うれしくない?いやうれしいでしょ!うれしいに決まってる!」
「・・・・うれしくもかなしくもないけど」
「ほんとに?あの瀬名くんだよ?」
瀬名くん、というのは学校でも一二を争うくらいの人気な男子、瀬名 涼我くんのこと。
確かにまあ顔は整っている。女性に慣れた感じの態度あいまって、モテそうだな、とは思う。
思うだけだけど。
「ほんと、あかりって恋愛の話が全く出てこないけど彼氏ほしいって思わないの?」
「別に・・・どちらかというと彼氏より友達が欲しいかなぁ・・・」
「そっかー、あかり美人なのにもったいないなー・・・・」
恋バナになるといつも凜はそう言って残念がる。
吸血鬼は人間の血を吸うために人間を魅了する能力や容姿をしているらしく、その名残なのかうちの家系は美形が多い。
「あ、噂をすれば」
「ん?」
凜はにやっと笑って私の後ろを指さした。
振り返ると、私の背後から席替えの紙をのぞき込むように立つ瀬名くんと目が合った。
私の視線に気づいた瀬名くんはにこっとさわやかに笑って挨拶をかましてきた。
「おはよう」
「・・・・おはよ・・・・・」
私は端的に挨拶をかえして紙の前から身をひき、数歩後ろに離れる。
たいして会話したこともない私にあんなににこやかに話しかけるなんて・・・・やはりモテる人は格が違う。
そんなことを考えていると、瀬名くんは席替えの結果を確認しおわったのか、くるりとこちらを向く。
「あかりちゃん俺の隣じゃん、よろしくね」
またにこっとさわやかにほほ笑む瀬名くん。
たいして会話したこともない私をさらっと下の名前で呼ぶなんて・・・・やはりモテる人は格が違う。
「よ、よろしく・・・・お願いします・・・・」
慌てて返事をする私を見かねて、凜が会話に加わる。
「あ、あかり人見知りだから、あんまりぐいぐいいかないでね、瀬名くん」
「へー、そうなんだ。かわいいしいっぱい話したかったんだけどなー」
そう言ってわざとらしく口をとがらせる姿まで様になる。
この人こそ吸血鬼だ、と言われても疑いようがないくらい魅力的な人だ。
「じゃ、たまに話しかけるだけにするね?あかりちゃん」
私の顔をのぞきこんでほほ笑むと、彼は一足先に席へと向かっていった。
「・・・・なんか、王子様って感じだね」
「わ、あかりですらそう思うんだ・・・!だよね、王子っぽいよね!イケメンだしコミュ力すごいしかっこいいし!」
「イケメンとかっこいいは同じだと思う」
「大事なことなので二回言いましたー」
そう、イケメンだしコミュ力すごい。
コミュ力がすごい・・・・。
コミュ力がすごいからこそ・・・・あんまり、関わりたくない。
吸血鬼の末裔って秘密がバレるなんてそうそうないなんてわかっている。
それでも人と関わることの怖さがぬぐえない。
今までも、これからも。
これから先もずっと、他人に深入りはしない。
そう、決めているから。
私はいつも通り、体まですっぽり影に覆われるほどの、大きな蝙蝠傘を手に家を出た。
家の外は恨めしいほどさんさんと太陽が照り付けている。
だけど文句を垂れていたって日差しが弱まるはずもなく、しぶしぶ傘を広げて炎天下の下に足を踏み出した。
(日差しに弱いこともそうだけど、ほんとめんどくさいんだよねー・・・・)
はあ、と思わずため息をこぼしながら心の中で愚痴る。
(吸血鬼って・・・・)
そう、私、こと九鬼 紅里は吸血鬼なのだ。
吸血鬼というと正確じゃなくて、実際は吸血鬼の末裔というのが正しい。
だから別に日差しを浴びても灰になって死ぬことはないんだけど、肌がひりひりと痛む。
そのせいで完全UVカットの幅が広い日傘が手放せない。このセンスのかけらもない蝙蝠傘とはもう長い付き合いだ。
(今日の体育は外でやるって話だったし、レポート書かないといけないよねー・・・・)
学校側には皮膚の病気と伝えてあるので、体育を外でするときは授業を休んで代わりにレポートを書かされる。
正直言ってめちゃくちゃめんどくさいが、進級できないのは困るのでやるしかない。
「あかり!おはよ!」
心の中でぐちっていると、同じクラスの子に話しかけられた。
「凜、今日は早いんだね。いつもぎりぎりなのに」
「そう!昨日寝落ちちゃってさー、起きたら五時だった!」
そう言って快活に笑う彼女。
天野 凜、彼女は私のクラスメイトであると同時に、私の祖母の姉の孫、はとこという存在に当たる。
別の祖父母から吸血鬼の血筋が来ているので、親戚とはいえ凜は吸血鬼の末裔ではないんだけど、私が吸血鬼の末裔であることは知っている。
学校内で唯一そのことを知っていて、唯一心を許せる存在だ。
「にしても今日席替えだよね、どこになるか楽しみだね!」
「凜は友達多いからだよ・・・・、私は憂鬱・・・・」
「あかりも友達増やせばいいじゃん!私とも普通に接してるし他の子もいけるんじゃない?」
「うーん・・・・どうだろ・・・・」
深入りすると吸血鬼の末裔ってことがバレそうで、私は友達らしい友達を作ったことがない。
胸を張って仲がいいと言えるのは凜くらいだ。
吸血鬼の末裔だとバレたら、信じてもらえなくて頭がおかしい人として距離を置かれるか、信じてもらえて吸血鬼という危ない存在として距離を置かれるか。
どちらにせよ距離が置かれる気がする。
凜とそんな他愛ない話をしながら学校に向かい、教室に入る。
「あ、席替えの結果張り出されてる」
凜の言葉でホワイトボードに目を向けると、A4くらいの紙がマグネットで留められていた。
「えー・・・っと、私たちの席はー・・・・」
心の中で、どうか凜の近くでありますように、と祈りながら名前を探す。
「あった!ってめっちゃ先生の真ん前・・・!」
「私は窓際の一番後ろ・・・・」
「まじか!正反対じゃん!」
「だねー・・・・」
内心すごくがっかりしたけど、凜は仲がいい子が何人か近くにいると気づいて喜んでいたので、それに水を差さないよう黙っていた。
「ん、ていうかあかり、瀬名くんの隣じゃん!」
「うん、そうみたいだね」
「え、何その反応!うれしくない?いやうれしいでしょ!うれしいに決まってる!」
「・・・・うれしくもかなしくもないけど」
「ほんとに?あの瀬名くんだよ?」
瀬名くん、というのは学校でも一二を争うくらいの人気な男子、瀬名 涼我くんのこと。
確かにまあ顔は整っている。女性に慣れた感じの態度あいまって、モテそうだな、とは思う。
思うだけだけど。
「ほんと、あかりって恋愛の話が全く出てこないけど彼氏ほしいって思わないの?」
「別に・・・どちらかというと彼氏より友達が欲しいかなぁ・・・」
「そっかー、あかり美人なのにもったいないなー・・・・」
恋バナになるといつも凜はそう言って残念がる。
吸血鬼は人間の血を吸うために人間を魅了する能力や容姿をしているらしく、その名残なのかうちの家系は美形が多い。
「あ、噂をすれば」
「ん?」
凜はにやっと笑って私の後ろを指さした。
振り返ると、私の背後から席替えの紙をのぞき込むように立つ瀬名くんと目が合った。
私の視線に気づいた瀬名くんはにこっとさわやかに笑って挨拶をかましてきた。
「おはよう」
「・・・・おはよ・・・・・」
私は端的に挨拶をかえして紙の前から身をひき、数歩後ろに離れる。
たいして会話したこともない私にあんなににこやかに話しかけるなんて・・・・やはりモテる人は格が違う。
そんなことを考えていると、瀬名くんは席替えの結果を確認しおわったのか、くるりとこちらを向く。
「あかりちゃん俺の隣じゃん、よろしくね」
またにこっとさわやかにほほ笑む瀬名くん。
たいして会話したこともない私をさらっと下の名前で呼ぶなんて・・・・やはりモテる人は格が違う。
「よ、よろしく・・・・お願いします・・・・」
慌てて返事をする私を見かねて、凜が会話に加わる。
「あ、あかり人見知りだから、あんまりぐいぐいいかないでね、瀬名くん」
「へー、そうなんだ。かわいいしいっぱい話したかったんだけどなー」
そう言ってわざとらしく口をとがらせる姿まで様になる。
この人こそ吸血鬼だ、と言われても疑いようがないくらい魅力的な人だ。
「じゃ、たまに話しかけるだけにするね?あかりちゃん」
私の顔をのぞきこんでほほ笑むと、彼は一足先に席へと向かっていった。
「・・・・なんか、王子様って感じだね」
「わ、あかりですらそう思うんだ・・・!だよね、王子っぽいよね!イケメンだしコミュ力すごいしかっこいいし!」
「イケメンとかっこいいは同じだと思う」
「大事なことなので二回言いましたー」
そう、イケメンだしコミュ力すごい。
コミュ力がすごい・・・・。
コミュ力がすごいからこそ・・・・あんまり、関わりたくない。
吸血鬼の末裔って秘密がバレるなんてそうそうないなんてわかっている。
それでも人と関わることの怖さがぬぐえない。
今までも、これからも。
これから先もずっと、他人に深入りはしない。
そう、決めているから。