数日がたち、凜と瀬名くんとの約束の日になった。


「おはよあかり~!見てこれ新しい水着~!!」

「わっ!もー凜!プールついてから出してよもー!!」

「え~?いいじゃんか~」


 凜とはバス停で待ち合わせ、三駅ほど二人でバスに揺られる。


「あかりはどの水着もってきたの?」

「私は恥ずかしいからあんまり肌見せないやつにしたー。ワンピース型のやつなんだけど、フリルとかついててかわいいし体系隠れるし、お気に入りのやつ」

「ほ~!見せて見せて!」

「もーだからプールついてからだってばー!」


 いつも通りおしゃべりしながら瀬名くんとの集合場所に向かう。

 予定より10分ほど早く着いたけど、さすが、モテる男の瀬名くんはもう到着していた。


「こっちこっち、二人とも」


 瀬名くんは私たちに気づいて手を振り、そういった。


「おはよう瀬名くん」

「おはよ、あかりちゃん。凜ちゃんも。ていうか何気に私服見んの初じゃん」

「あ、そうだったね。瀬名くんは夏祭りの時私服だったけど、私たちは浴衣着てたもんね」

「うん。浴衣姿もかわいかったけど、私服もかわいい。しかも今日その姿見れるの俺だけだから、独り占めできた」


 さらっとほめてくれる瀬名くん。なんて手慣れた手腕・・・。


「くっ・・・・この大人の余裕・・・・、海にも見習わせたい・・・」


 凜はひとりで何かつぶやいていたけど、すぐに切り替えていつも通り私を先導する。


「さっ!さっそく着替えに行こー!」

「うん」


 瀬名くんとは更衣室を出たところで再集合をすることになり、凜と二人で更衣室に向かう。


「お、それがさっき話してた水着ね!いいじゃん!!」

「あはは・・・、これですら着るの勇気いるなー・・・」

「え~?なんで~?あかりかわいいんだから自信もたないと!!」


 そう言っている間にぱぱぱっと着替えてしまう凜。

 凜は結構発育がいいので・・・・こう、並んでいるといたたまれない・・・。


 そうこうしながらもとりあえず着替え終わったので瀬名くんのもとへ向かう。


「あ、いたいた!瀬名くーん!!」


 凜が逃げられないよう私の手をがっしりつかんで瀬名くんのもとに向かう。


「お待たせ~!!」

「ううん、そこまで待ってないから。二人ともすっごく似合ってるよ」

「ありがと!!これ新しく買ったやつなんだ~!」

「蛍光色メインなの、めっちゃ凜ちゃんっぽくていいと思う。元気で楽しい感じ」


 凜の新しい水着アピールにも動じずほめてあげる瀬名くんには尊敬の念しか浮かばない。

 三人とも泳ぎは下手ではないけど、とりあえず軽く準備運動ってことでストレッチをしてから流れるプールに入る。


「わっ!思ったより早く流れるんだ・・・・!!」


 想像より勢いのある波にバランスを崩しかけた私の腕を、瀬名くんがつかんでくれた。


「一応子供用の流れるプールは別にあるから、こっちは早めに設定してあるのかもね」

「な、なるほど・・・・」


 瀬名くんの水着姿は見慣れないし、私の水着姿が見られているかと思うと恥ずかしすぎる。
 どちらにせよ瀬名くんの顔をまともに見れなくて困った。


「そこ二人いちゃつかないでよね~!私にはあかりと瀬名くんの間に割って入る使命があるんだから!!」

「い、いちゃついてないし!!ていうか何その使命!」

「え~?なんだろーなー?」


 にやにやしながら逃げる凜を、特に意味もなく追いかける。


「わっ!あははっ!!あかりこけすぎ!」

「まだ二回しかこけてないし!ていうか凜が早すぎなのー!」

「あかりじゃ私に追いつくのは100年早いねー!」


 子供じみた感じで追いかけあう私たちを、にこにこしながら見守る瀬名くん。

 それに気づいてやっと、今更ながらに瀬名くんの前で子供っぽい行動をしてしまったことを恥じる。


 流れるプールを出た後は凜の希望でウォータースライダーに向かい、5、6回は付き合わされた。


 そのあとは競争しようと凜に言われて競泳用のコースに移動し、凜が瀬名くんに勝てるまでエンドレスで競争させられた。
 瀬名くんに勝ちたいだけなら凜と瀬名くんで競争すればと提案したけど、「あかりも瀬名くんに勝ちたいと思わないの!?」という熱血教師みたいな物言いで却下された。

 クロールと平泳ぎと背泳ぎはどうあがいても勝てそうになかったので、最終的に凜はバタフライで瀬名くんに勝った。
 ちなみに私は全敗である。
 別に泳ぎは苦手じゃないのに凜と瀬名くんが速すぎてこのざま。


 さらにその後またウォータースライダーに誘われ、3回したあたりでギブアップを申しでた。


「はぁ・・・・凜体力ありすぎだし・・・・」


 私はプールの隅っこにある休憩ゾーンで体を休めている。

 するとひんやりした何かが私の頬にピタッとあてられた。


「ひゃっ・・・・!!」


 驚いてそちらを見ると、買ったばかりの飲み物を持った瀬名くんが立っていた。


「瀬名くん・・・!意地悪しないでよー!」

「あははっ、ごめんごめん。これあげるから許して?」


 キンキンに冷えたレモネードを渡されたので迷わず許す。

 私はレモネードのふたを開けると、乾いた喉に流し込む。


「・・・・ぷはっ!!おいしー・・・!!」

「それはなにより。にしても凜ちゃんやばすぎだね。ここまでとは思ってなかった」

「そう、ほんとに凜はやばいの・・・・。三歳児の体力そのまま高校生になっちゃったって感じの子でさ・・・・」


 瀬名くんは私の愚痴にもさわやかに笑った。
 やばいと言いつつも、まだ余裕がありそうだ。


「凜ちゃんってなんの部活だっけ?」

「中高バレー部。あと中学は陸上かけもちしてた。今はバレー一本だけどバレー部の大会がない期間はいろんな部活の助っ人もやってるよ。今年はソフトとバドと陸上の大会に出てた」

「うわぁ・・・・えげつない経歴・・・・」

「ほんとにね」


 そこでふと、数日前のことを思い出す。


「あ、ねえ、瀬名くんの知り合いにさ、黒髪のベリーショートの美人な女の子っている?」

「え?なんで?」


 ひったくり犯からかばんを取り戻してくれたあの人。
 後日きちんとお礼をしたいと思いながらも、名前を聞きだすタイミングを逃してしまった。

 瀬名くんと知り合いのようだったから、今日絶対に聞こうって心に決めていたのだった。


「ちょっとお世話になったからお礼をしたいんだけど、瀬名くんの知り合いってことしかわからなくて・・・」

「どういう状況ならそんなことになんのさ・・・?まあでも残念ながら思い当たらないかなー。ショートヘアの美人なら知り合いにいっぱいいるけど、ベリーショートってなるとねー・・・・」

「うーん、その女の子が一方的に瀬名くんのことを知ってるって感じのニュアンスではなかった気がしたけどなー・・・私の勘違いだったのかなー・・・」

「どうだろうね。もしかしたら俺が忘れちゃってるって可能性も億が一あるかもしれないしね」


 瀬名くんなら女の子の名前は忘れなさそうなので、本当に忘れているとしたら億が一くらいの確率だろう。

 まあでもあの人は具体的に瀬名くんとどういう関係なのかを言わなかったから、ちょっと話したことがある、程度の関係性なのかもしれない。


 どちらにせよ知らないものはどうしようもないので、諦めるしかなさそうだ。


「・・・・そういえばさ、あかりちゃん」

「ん?」

あれ(・・)、二人っきりになったらやるって話だったけど・・・・、どうする?」


 あれ、なんてごまかしてるけど、聞き返すまでもない。

 吸血のことだ。

 今のところ休憩スペースには私と瀬名くんしかいない。


「・・・・いつ人来るかわかんないのにできないよ・・・・」

「まあそれもそうだけど・・・大丈夫?」

「うん」


 ほんとは夏休みに入ってから一回も吸血できてないし、できることなら飲みたい。

 とはいえここでするのはリスクが高すぎるので、断っておいた。


「今は保留にしたとしても、今日中にどこかのタイミングで吸血したほうがいいよね。今回を逃せば夏休み中一回も吸血できないことになるし」

「うん・・・、だね、ありがとう」


 自分や動物のまずい血だけで生きていた私だったら、たぶん一か月くらい楽勝だったけど、瀬名くんの血を知ってしまった今、私自身ですらどれくらい吸血衝動に抑えにたえられるかわからない。

 ひょんな拍子に見知らぬ人の血を飲んでしまった、なんて事態は絶対に避けたい。


「さ、それなら俺は凜ちゃんにバタフライでリベンジしに行こうかな」

「え、瀬名くんまだいけるの!?」

「ちょっと休んだしね。さすがの凜ちゃんもウォータースライダーばっかじゃ飽きるだろうし」


 プールに来る前は、瀬名くんに水着を見られることを考慮せず軽々しくプールに行く約束をしたことを後悔していたけど、今となっては化け物じみた体力をもつ二人とプールに行く約束をしたことを後悔している。


「二人ともすごすぎ・・・・、あ、今回は引き分けなんじゃない?」


 休憩スペースから二人の様子を眺める。

 さすがの二人も数回競争すれば疲れが見えてきたけど、それでも楽しそうだ。

 そんな二人の様子を見ていると、まあこんな日もありかもって思えてくるから不思議だ。


「もー、憎めない性格してるよなぁ、二人とも・・・・。あ、ていうか今なら競争して勝てるかも・・・・」


 私はさっきの後悔なんてどこへやら、勢いよく立ち上がった。


「よーし・・・・!二人ともー!!私もリベンジさせてー!!」