「せ、瀬名くん!?」

「わ、え!?あかりちゃん!!」


 瀬名くんの方も私に気づいてびっくりした様子。


「あかりちゃんも来てたんだ。もしかして凜ちゃんと?」

「そう、っていうか私の家族と凜の家族で」

「へー。親戚っていうのはほんとなんだ」

「めちゃくちゃ遠縁だけどね。社会的には他人っていってもおかしくないくらい遠いから、親戚って言っていいのか怪しいくらいだけどさ。ちなみに瀬名くんはやっぱり友達と?」

「そうそう。去年からもう予約されててさー」


 夏休み前、瀬名くんを夏祭りに誘おうとしてやめたが、やはりあれは正解だったらしい。


「去年からって・・・すごいね。さすが瀬名くん」

「えー?別にさすがってほどでもないよ?別に流れで今年無理だったから来年は一緒にって誘われただけだもん」

「それでもすごいよ。私なんて凜たち以外と参加したことないし」

「逆に俺はそのほうがすごいと思う。毎年いっしょってなかなかできることじゃないじゃん?そういう関係って素敵じゃん」

「まあ・・・・、それは私も少し思うかな」

「・・・・あのさ、ちなみにあかりちゃんは今から―――――」


 瀬名くんが何かを言いかけていたが、瀬名くんの番がきたので会話を中断して瀬名くんは前を向いた。

 瀬名くんが買い終われば次は私の番。
 私と凜の分で二つ頼んだので、少し時間がかかってしまった。

 急いでかき氷を買いに行きたいところだが、少し先の人が少ないところで瀬名くんが待っているのが目に入った。


(そういえばさっき何か言いかけてた・・・・)


 花火には間に合わないかもしれないけど、このまま急いでかき氷を買いに行ったとしても間に合う可能性は低い。

 そう思って瀬名くんのところに向かおうとした矢先、誰かに呼び止められた。


「あ、あのっ!あかりさん・・・!」

「わっ!海くん!」


 呼び止めたのは海くんだった。

 話を聞くと、どうやら花火席の場所がわからなくて困っているところに私を見かけて聞きに来た、とのこと。
 心配していた通り、やはり席を見つけられなかったらしい。


「そっか、じゃあ私が案内するけど・・・・、同級生の子が待ってるから少しだけ寄っていっても大丈夫?」

「あ、はい全然・・・!」


 私はかき氷を買いに行かなければならないけど、急げば海くんは花火に間に合うかもしれない。
 そう思って急ぎ足で瀬名くんのもとに向かう。


「ごめん待たせて!どうかした?」

「いや、大したことじゃないけど・・・・っていうかそっちの子は・・・・?」


 瀬名くんが海くんを指さしてそう言った。


「あ、この子は凜の弟なの。私はいいけどこの子を花火までに席に連れて行ってあげたいからさ、手短にいい?」

「あー・・・、やっぱいいや」

「わざわざ待ってたからには大事なこと言おうとしてたんじゃないの?」

「ううん、ほんと、大したことなくて」

「え、でも・・・・」

「いやほんとだから。気にせず楽しんできて」


 聞いても、大したことない、の一点張り。


「・・・・そうやって言われると逆に気になるんだけど・・・」

「あー・・・、そう、だね。確かに」


 瀬名くんは苦笑いをしたあと、しぶしぶ話してくれた。


「全然気にしなくていいんだけどさ、もしあかりちゃんが時間あったらいっしょに花火見よって誘おうとしただけ」

「え、あ、そういうこと」


 まさか瀬名くんから花火に誘われるとは思ってもみなかったので驚いた。


「え、でも友達はいいの?確か瀬名くん友達と来たって――――――」


 話している途中で後ろからくいっと着物の袖を引っ張られた。

 軽く引っ張られただけだったのでなにかがひっかかったかと思ったけど、振り返ると海くんが私の浴衣の袖をきゅっと握っていた。


「海くん?どうしたの?・・・・あ、もしかして席行きたい?待たせてごめ―――――」

「そいつが瀬名ってやつ?」


 海くんの目は、瀬名くんをとらえていた。


「いっしょにプール行くって言ってたやつ?」

「え・・・、あ、そっか、出かけたとき話したんだっけ。うん、この人が瀬名くんだよ」

「・・・・・」

「もうちょっとだけ話すから待てる?海くん」


 海くんは不機嫌そうに瀬名くんをにらむだけで、返事をしなかった。

 とはいえ瀬名くんとの話も中途半端なので、とりあえず瀬名くんに向きなおる。


「瀬名くん友達と来てたって言ってたけどその子たちはいいの?」

「10人ぐらいで来てるから別に俺がいなくたって大丈夫」


 そう答えた瀬名くんは、なんだか少し寂しそうで。


「・・・・ごめんなんか急に変な話して・・・・、あかりちゃんの話聞いてたらさ、なんか・・・・、俺と一緒に来た人は来年も絶対俺と来ようとか、俺がいないとだめとか、そんなこと全然思ってないんだろうなって、ふと思っちゃって・・・」

「・・・・・」

「でもいいや。凜ちゃんたちはきっと、来年もあかりちゃんと来ようと思ってて、あかりちゃんが欠けちゃいけないもんね。それを俺が邪魔しちゃだめだった、ごめん」


 ごまかすように、どこか寂しげに笑う瀬名くんを見ていると、ここに放りだしていくのが心苦しくなった。


「・・・・最初の10分だけでいいなら・・・いっしょに見ようか?」

「・・・・え、でも、凜ちゃんたちは・・・・」

「私は来年の夏祭りも凜たちと来るって決めてるから、瀬名くんの期待には添えてないかもしれないけど・・・・。それでも私にとって瀬名くんが欠けちゃいけない存在ってことは、瀬名くんだってよくわかってるでしょ?」

「!!」


 だって私たちは同じ秘密を持っている。

 だって私は瀬名くんに血をもらっている。

 誰が何と言おうと、それは紛れもない真実で。
 だからこそ、誰が何と言おうと私は瀬名くんがいなかったら苦しい日々を送っていたことも真実。


「だから、瀬名くんが私を必要としているときは、私も力になりたいって思うの」

「・・・・・うん、ありがとう」


 瀬名くんの笑顔が、いつもの優しい笑顔に戻っていく。


「あかりちゃん、じゃあ、あかりちゃんの優しさに甘えてもいいかな?」


 珍しく幼げなことを言う瀬名くん。


「いいよ。いつもは私が力になってもらってるからね、今日は任せて」

「あはは、頼もしいなぁ。じゃあいっしょにいるの20分にしてほしいって言ったら?」

「・・・・うーん・・・、ごめんけど却下」

「えー、じゃあじゃあ!15分!」

「・・・・うーん・・・、わかった、じゃあ15分以内ね」

「16分」

「伸びてるじゃん!!」


 瀬名くんが楽しそうに肩を揺らして笑った。

 よかった、いつもの瀬名くんだ、と思ったのもつかの間、また後ろからくいっと引っ張られる。


「あ、海くん、そうだ、席案内するって話だったね。ごめん!あと何分かだから急ごうか」

「・・・・あかりさんがいないならいいです」

「え?」

「あかりさんがいないなら、帰ります」


 海くんはうつむいたまま、消え入りそうな声でそう言った。


「・・・・いないわけじゃないよ。15分したら席に戻るから。もうほんと、超々高速で戻るから。それじゃだめ?」

「・・・・・」


 海くんがうつむいていて、どういう表情か読み取れない。


「・・・・いっしょに、花火見るって言ったじゃないですか」

「もちろん見るよ。瀬名くんと見たあと絶対いっしょに見るから。約束する。私の秘密賭けてもいい」

「・・・・違う、ただいっしょに見てほしいんじゃなくて、こいつと見てほしく・・・・・」


 海くんは何かを言いかけていたけど、口をつぐんだ。


「・・・・あかりさん」

「ん?」

「・・・・やっぱり射的やりたいって言ったら、ついてきてくれる・・・・?」


 やっぱり顔は見えないままだけど、ぎゅっと強く袖を握られる。
 だけどもう花火まで時間がない。

 私は困って瀬名くんの方を向く。


「いいよ、行ってきて」


 瀬名くんは快くそういってくれた。
 私はほっとして、ありがとう、とお礼を言いかけた。だけど。


「ただし、俺もいっしょならいいよ」


 それを聞いた海くんが、驚いて少し顔をあげた。


「別にいいでしょ?海くん、って言ったっけ?ほんとに射的やりたいだけなら俺がいたって構わないでしょ?」

「・・・・っ!」

「ついでだしなんか賭けて勝負とかしちゃう?その方が盛り上がりそうじゃん」

「・・・・・」


 海くんはしばらく瀬名くんをにらんでいたけど、わかりました、と言って射的の屋台へと歩き出す。
 そしてそれに続く瀬名くん。


「え、え、ちょっ・・・!せ、瀬名くん、何提案しちゃってんの!?」


 ずんずん歩いていく海くん、海くんについていく瀬名くん、そしてさらにその瀬名くんに慌ててついていく私。


「いーじゃん。あの子は射的できるし、俺はあかりちゃんといられるし。一番、丸く収まってんじゃん」

「そ、それはそうだけど勝負なんて―――――」

「絶対勝つからおーえんしててー」


 瀬名くんは手をひらひらっとふって、余裕たっぷりな感じでそんなことを言う。


「ちょ、まさか本気でやるの?海くんは年下なんだよ?」

「年下っつっても見た感じ中学生とかでしょ?手加減とかそんな年じゃないじゃん」

「う・・・、そ、それはそうかもしれないけど・・・・」


 私にとって海くんは弟みたいな存在。
 本当の弟みたいに近い距離で育ったけど、本当の弟じゃない。その近いけど近すぎない距離感が、逆に甘やかしたくなってしまう。
 息子や娘は厳しく育ててしまうけど孫には甘くなってしまう、みたいなのと同じかもしれない。

 たとえ中学生になろうと高校生になろうと、それは変わらない。


「まー、見てなって」

「いやだから一旦冷静になって話を――――――」


 思わず瀬名くんの手をつかんだ瞬間、どんっと花火があがった。


「お、始まった」


 楽し気な瀬名くんの声とは裏腹に、私はどんどん制御不能になっていく事態のせいで頭を抱えたい気分だった。


「あかりちゃんが俺の手つかんだ瞬間花火あがった。奇跡?」


 振り返る瀬名くんはなんだか今までで一番うれしそうで、思わず静止するのを忘れてしまった。


「お、あれか、射的の屋台」


 その声ではっと我に返る。
 通る人みんなが花火に気を取られていて、誰も射的の屋台にはいなかった。


「ちょうどいいじゃん。すみません二人いっしょにってできますかー?」

「ちょっともう・・・・!瀬名くん・・・!!」


 けど海くんも瀬名くんも乗り気で、もう止めないでおいた方がいい気がしてきた。

 二人はレプリカの銃をうけとると、並んで構えた。


「ルールどうする?」

「・・・・なんでも」

「そ。じゃあそうだなー・・・、あかりちゃんが言った商品を先に落とした方の勝ち、これでいい?勝った方が残りの花火の時間全部あかりちゃんと過ごせることにしよう」

「わかった」

「あかりちゃんはそれでいい?」


 急に話を振られて困惑しかない。
 私はもちろんどちらと過ごしたって構わないけど、できることならどちらとも過ごしたい。

 しかし戸惑っている私を急かすように、二人がじっと見つめてきた。


「わ、わかった・・・。ただし、引き分けだった場合は元通り最初は瀬名くん、残りは凜ちゃんたちと過ごす、これでいい?」

「いいよ。じゃあ始めよう」


 じゃんけんで先攻後攻を決める二人。

 私はその間に、引き分けにするにはどの商品を選ぶべきかを見定める。
 重いものにすると何発で落ちるか予想がつかない。二人の腕前は定かではないが、とりあえず当たりさえすれば一発で落ちそうなものを選択するのがベストだろう。

 弾は三発あるから、二人合わせて計六発。

 順に軽そうな商品を六個ピックアップして、中でも落ちやすそうな二つを最初にもってくる。二人の最初の一発目めを見て、より射的がうまい方にどちらかというと難易度が高そうな商品を振り分ければ、引き分けになる可能性があるかもしれない。


(・・・・よし、じゃあ最初はあれとあれ・・・・)


 二人はじゃんけんを終え、海くんが先攻、瀬名くんが後攻になった。


「・・・・じゃあ海くん、最初は一番右下の赤いやつ」

「わかりました」


 海くんは鋭いまなざしで狙いを定める。

 しばらくじっと標的に照準を合わせていたかと思うと、ぐっと引き金を引いた。
 パンっと軽い音がして手間が発射したかと思うと、あっという間に商品がぱたりと倒れる。


「わっ!海くん、ナイス!」

「・・・・ん、ありがとうございます・・・・」


 照れたように小声でお礼を言う海くん。
 海くんは毎年みたいに射的をしてたから、このくらいのレベルならたやすいだろう。

 次は瀬名くんの番。
 でも正直瀬名くんの実力は未知数だ。


「瀬名くんは左下二番目の、緑と黄いろのやつをお願い」

「りょーかい。ま、見ててよ、あかりちゃん」


 余裕綽々な感じで私にウィンクまで飛ばしてきた。
 慣れた感じで台に体を預け、一瞬構えたかと思うと、すぐに引き金を引いた。

 そしてあっけなくまたパタッと倒れる商品。


「瀬名くんもうまいね・・・、ナイス!」

「あかりちゃんが見ててくれたからだよ」


 二人とも甲乙つけがたくうまい。
 なので適当に倒しやすそうなものを順に割り振っていくことにした。

 海くんと瀬名くんは私の想定通り、二発目も成功させ、勝敗は三発目にかけられた。


「最後の海くんは、一番上の棚の真ん中あたりにある箱に入ったやつ」

「・・・・はい」


 この一発にかかっているからか、今までで一番緊張した面持ちで銃を構える海くん。


「ね、あかりちゃん」


 海くんをどきどきしながら見守っていた私に、隣に立つ瀬名くんが話しかけてきた。


「俺が勝てたらデートしよ?」

「へ・・・?で、でも勝てたら花火見るっていう話じゃ・・・」

「それプラスってこと」


 瀬名くんは私に顔を寄せてきて、わざとらしく小首をかしげる。


「俺とデートすんのやだ?」

「や、やだとかじゃないけど・・・・」

「えー、じゃあ勝ったらデートして」

「・・・・か、海くんの番だから待っててよ」


 追及を逃れるため海くんのほうに目をやると、ちょうど海くんはやはり、というかさっきよりも緊張した面持ちをしていて、なかなか引き金を引こうとしない。


「・・・・っ!」


 緊張を振りほどくように勢いよく引き金をひいた。

 だけど海くんの放った弾は、商品に小さくかすっただけで、倒すことはなかった。


「・・・・・」


 海くんは悔しそうに銃をおいて瀬名くんと交代する。


「海くん・・・・」


 なぐさめてあげたいけどなんて言えばいいかわからない。
 とにかく何か言うのは結果を見届けたあとだ。


「・・・・あかりさ・・・、あ、あいつと・・・デートしないで・・・・・」


 海くんが泣くのを我慢しているみたいな表情でそう言ってきた。


「・・・・私まだするなんて言ってないから。安心して、海くん」

「・・・・・あ、あかりさん」

「うん」

「・・・・頭なでてほしいっていったらしてくれる・・・?」


 うつむいていて表情はわからないけど、そう言った海くんの耳は真っ赤になっていた。


「いいよ」


 そっと手を伸ばして海くんにふれようとした瞬間、パンっと瀬名くんが銃を撃った音が聞こえて手を止める。


「もー、あかりちゃん見てな勝手でしょー。俺が倒すとこ」


 どうやら瀬名くんは商品を倒したらしく、決着がついてしまった。
 となると私は瀬名くんと花火を見ることになるのだけど・・・・。


「・・・・・」


 無言で立ち尽くす海くんを見て、思わず手を伸ばして頭をなでる。


「ごめん海くん、今度、手持ち花火買ってくる。私の家の庭でさ、いっしょにやろう?それじゃだめかな?」

「・・・・・」

「それか別の花火大会に行こう。ちょっと遠出するけど県内でも他にいっぱいやってるから」

「・・・・うん。ごめんなさい、勝てなくて・・・」

「責めてないよ。いっしょに花火見ようってがんばってくれてうれしかった」


 もう一回頭をなでてあげると、落ち込んだ様子だったけど小さくうなずいてくれた。


「じゃあ、行こうか、瀬名くん」

「んー・・・・、まあしょうがないから譲ってあげるよー、弟くん」

「え?」


 瀬名くんは、もー、と口をとがらせながら、また同じことを言う。


「譲ってあげるって言ってんのー。あかりちゃん盗ろうとしてごめんってば」

「・・・・なんで」


 海くんは悔しいさとか驚きとか、いろんな感情が混じって困惑してるような表情をした。


「だってあかりちゃんにとってその子は弟みたいなもんなんでしょ?弟からお姉ちゃん奪っちゃだめだもんねー」

「い、いいの?瀬名くん・・・」

「しょーがないからいいよ。弟として(・・・・)まあいっぱい可愛がってあげなって」


 そういって瀬名くんは海くんに視線をやると、ふっと笑って立ち去ってしまった。
 よくわからないけど一件落着・・・・なのかな・・・。