次の日の朝、約束の時間に凜がやってきた。


「あかり、おはよ~!」

「あれ?海くんは?」

「なんかお母さんに手伝い頼まれてたから置いてきた!たぶん少ししたら来ると思うから待っててあげて」

「もう、手伝ってあげればいいのに」


 私の言葉を聞いて、凜は悪びれもせずけらけら笑う。


「あ、ていうかあかり今日はワンピースなんだ、かわいい!」


 今日は悩んだ末に夏っぽい淡い水色のワンピースを着ることにしたのだ。
 まあお決まりの真っ黒な腕カバーやら日傘やらで夏らしさは吹き飛んでしまうけれど。


「いいじゃんいいじゃん、海も絶対喜ぶよ~!」

「?・・・・そう?それならよかった」


 なんで海くんが喜ぶのかはよくわからないけど、海くんが喜んでくれるなら私もうれしい。

 するとちょうど玄関のチャイムが鳴らされた。


「あ、海くんかな」


 扉を開ける。
 そしてそこにはやはり海くんの姿。


「・・・・おはよっす」

「おはよう、海くん。久しぶりだね、しばらく見ない間に大きくなったねー!もしかして私背丈越されてる?」

「・・・・姉ちゃんはもう越しましたけど」

「じゃあ凜と私ほとんど同じくらいだから越されちゃったかなぁ」


 海くんはどこかむすっとした表情のまま話している。
 それを見かねた凜が会話に加わってきた。


「こら海!反抗期発動すんな!」

「してねーし!」

「してんじゃん!最近家でもあたしのことたまに無視するしさー!」

「それは姉ちゃんが俺に用事おしつけてくるからだっての!」


 けんかするほど仲がいいというかなんというか。
 凜も海くんも遠慮しないタイプなので、会うときはいつも言い争いをしている気がする。


「まあまあ、二人とも落ち着いて・・・・。とりあえずみんな揃ったんだから出かけよ?」


 私の声で突然はっとしたような顔をする凜。
 何事かと思ったが、なぜか私に聞こえないようひそひそと海くんに耳打ちする。


「・・・海、あかりせっかくおしゃれしてきたんだからね・・・なんか言いなさいよ・・・・」

「・・・なんかってなんだよ・・・」

「・・・あんたが思ったことそのまま言えばいいの・・・・!」


 二人して何を話しているのかは聞き取れないが、少なくとも言い争いは終わったみたい。


「じゃあまあ、みんな揃ったし出かけようか」

「あっ、はいっ・・・・・」


 なぜか私の言葉に慌てて返事を返す海くん。その横の凜は催促するように海くんの脇腹をちょんと一回小突いた。

 そのあと何事もなかったかのように凜は先陣きって戸を開け、先導するようにずんずん進んでいく。
 私も傘を広げて、海くんとともにその後ろをついていく。


「あ、の・・・・」


 緊張した感じで海くんが話しかけてきた。


「ん?」

「えと・・・・、ふ、服」

「服?浴衣の話?」

「あっ、じゃなくて・・・・!」


 なんだか海くんの頬が赤い。
 季節柄、ちゃんと水分をとっているのか心配になる。


「いや、そのワンピース・・・・、い、いいですね・・・」


 それだけ言って海くんは視線をそらしてしまった。


「・・・あ、これね。これ去年買ったんだ。かわいいよね」


 私がそう返すと、なぜか前を歩いていた凜が海くんを振り返ってじっと見つめた。
 けど何かをあきらめたのかため息をついて私に視線を戻す。


「そうそう、その服めっちゃかわいいよね!あかりにめっちゃ似合ってる!あかりが着るからこそかわいいって感じ!」

「え、そ、そう?そこまで言われると照れるなぁ・・・」

「ほんとのことだもん!あかりがそのワンピース着ると夏らしいのに清楚でさわやか!」


 なぜか凜はワンピースを着た私をべた褒めしたあと、ぐりんっと海くんに向きなおる。


「ね!?海!!」

「えっ!あ、もちろん!!」

「かわいいのはワンピースじゃなくて!?」

「あっ、え、あ、あか・・・・って何言わせようとしてんだバカ姉貴!!!」

「・・・ちっ、この意気地なし」

「るっせぇ・・・!」


 姉弟らしいテンポのいい会話が繰り広げられる。
 よくわからないけど、楽しそうでなによりだ。

 そうこうしているうちに目当ての店が見えてきた。


「さーて!浴衣見よ!」


 弾んだ足取りで店内に入っていく凜に負けないくらい、私もわくわくしながら続く。


「わ、いっぱい種類ある・・・!」

「まさに絶賛夏祭りシーズンだからね!どれがいいかなー・・・」


 入口にずらっと並んだ浴衣たち。
 どれもかわいらしくて選べない・・・・。


「これとかどう?あんまり派手すぎなくてあかりが好きそう!」

「いいね・・・!凜はこっちのとか好きそう・・・!いっぱい模様ちりばめてあって、ちょうど凜が好きな緑系の色味で統一してあるし!」

「かわいい~!!」


 ふたりしてテンション高く話しながら15分ほど迷いまくった末、黄緑と水色で色違いの浴衣を手に取る。


「やっぱこれかな~!柄も色味もドンピシャ!しかも色違い!」

「いいの見つかってよかったね・・・!」


 ほくほく顔で話していて、ふと海くんがいないことに気づく。


「あれ?海くんは?」

「さっきまではうちらについてきてたけど、長すぎるから自分の浴衣選んでくるって言ってたよ」


 男性用の浴衣コーナーに足を運ぶと、言われた通り海くんが悩まし気な顔で立っていた。


「海ー、決まった?」

「あ、姉ちゃんたちやっと決まったの?」

「やっとって何よ、女の子の買い物は長いもんなのー。ていうかそんなこというなら海こそパパッと決めてよね」

「や、なんか種類多すぎてどれがいいかわかんねーんだよ・・・。俺今まで浴衣着たことないし」


 確かに男性物の浴衣コーナーはシンプルなものが多いので、逆に決めかねるのかもしれない。


「にしても確かに海くんはこれまでは浴衣着てなかったね。どうして今年は急に?」

「ふふ、あかり、それはね、あかりと浴衣を買――――――」


 凜が何かを言いかけたが、一瞬にして海くんに口をふさがれる。

 海くんはキッと凜とにらんだあと、何事もなかったかのように手を離した。
 またもよくわからないが、言い争いになる前に話題をそらすことにした。


「海くんは大雑把にでもどんな感じがいいとか希望はないの?」

「えー・・・うーん・・・」


 困った顔で悩む海くんに、凜が何かを考え付いたのか横から提案。


「あ、そうだ、あかりは?」

「へ?」

「あかりはどんなの浴衣着てたらかっこいいって思う?」

「え、私?」


 急に振られても戸惑う。
 けど海くんが選ぶ上で何か参考になるならと、少し考えてみる。


「うーん、海くんならなんでも似合いそうだからなぁ・・・・。私が好きってだけでいいなら・・・青っぽいのが好きかなぁ・・・・」

「あ、青っぽいの・・・・。わかりました」


 海くんは私の意見を真に受けていくつか青い浴衣に手を伸ばす。
 一応参考までに、というつもりで伝えたのだが、青い浴衣で確定させてしまったらしい。


「そうは言っても青いっぱいあるね。具体的にはどれがいいと思う?あかり」

「え、また私?」


 なぜかことごとく私に意見を求めてくる凜。
 海くんも私の言葉を待っているのかじっと見つめてきた。


「え~?わ、私が決めていいの・・・・?」

「も、もちろん・・・!決めてくれたら、う、うれしい、です」

「じゃあ・・・えっと・・・・」


 私はふと目についたやつを指さす。


「これ、かな。私の浴衣の水色と、ほら、同じ色」

「!」


 さっき凜と選んだおそろいの浴衣のうち、私が着る予定の水色の浴衣を海くんに見せてあげる。


「俺・・・!これにします!」

「ほ、ほんとにいいの?私が決めちゃったけど・・・・」

「や、もう、ほんと、これ・・・!これいいなって!最初から思ってて・・・!だ、だから絶対これにします!」


 海くんは力強くそう言うと、水色の浴衣を手にした。
 それを見る凜も、満足そうにうなずいたあと口を開く。


「海、ほんと、お姉ちゃんに感謝しなさいよね」

「うっ・・・・、あ、ありがと、姉ちゃん」

「ふふん、感謝は言葉より行動で!このあとごはんおごって!」

「えぇ・・・、姉ちゃんほんと遠慮なく食うから嫌なんだけど」

「おい!感謝の気持ちが見られないんだけど!あと浴衣選んでくれたあかりにも感謝してごはんおごってあげて!」

「!!」


 なぜか私までおごられる流れになってしまいそうだったので、慌てて止める。


「わ、私はいいよ!?」

「あかり!こういうのは遠慮なくおごってもらえばいーの!」

「ええ!?いや海くんに悪いって・・・・。私は自分で出すから」

「ほんとにいいの?」

「うん」


 と、流れで二人といっしょにごはんに行くことに。


 浴衣を買い、近くのファミレスに立ち寄った。
 まだぎりぎり昼前だったのであまり待たずに席に案内してもらえた。

 
「あたしの隣に浴衣まとめて置くから、あかりは海の横座ってあげて」

「わかった」


 言われるがまま、私は海くんの横、すなわち凜の向かいに座る。


「そっち二人でメニュー見ていいよ。私タッチパネルで見るから」


 凜からメニューを受け取り、海くんと私の前に広げる。
 海くんは遠慮しているのか私がメニューをめくるまで動かない。


「海くん?遠慮しなくていいからね、見たいとこあれば開いていいよ?」


 海くんの方を向くと、海くんは急に視線を向けられたからか、体をこわばらせた。
 そして私から目をそらしながら、返事を返してくる。


「うっす・・・・。あ、肉食いたいです・・・」

「ん、だったらこの辺かなぁ」


 パラパラ開いて見せてあげると、ちらっとメニューを一瞥。
 だけどなぜか私が気になるようで、また私の方に一瞬視線をやったあと、またそらす。


「それにする?」

「・・・・これ」

「うん、わかった。凜、注文してくれる?」


 にやにやしながら私たちの方を見ていた凜が、我に返ってタッチパネルで注文をする。


「できたよー。あ、海、あたしこのステーキがいい!」

「・・・・高いの選びやがって・・・・」

「え?なんか文句ある?」


 恨めしそうにする海くんだったが、なぜか凜の視線の先に私がいるのに気づいてしぶしぶ了承した。


「あかりは?どうする?」

「私は・・・・パスタにしようかなぁ。えっと・・・じゃあこれで」

「はーい」


 注文が終わり、ドリンクバーでそれぞれ飲み物をくんで席に戻る。


「にしても夏祭り楽しみだなー・・・、りんご飴、りんご飴は外せない・・・・!」

「凜は毎年りんご飴食べてるよね。私はりんご飴目当てで買いに行くのに絶対りんご以外の飴が気になって買っちゃうんだよねぇ。もうここ数年りんご飴食べてないや」

「去年はぶどう食べてたっけ?あといつだかパインとかみかんも食べてたね」

「今年こそはりんご飴食べたい・・・!」

「とか言って、どうせ別の買うでしょ」

「あー、私もそんな気がする」


 ふと、おしゃべりに参加しない海くんが気になって視線をやる。
 すると海くんも私の方を見ていたようで、ばちっと目が合った。


「わっ・・・・!な、なんですか急に・・・・」

「いや、海くんが静かだから気になっただけ」

「あ、べ、別になんもないですけど・・・・」


 そう言って海くんは視線をそらす。
 もともとおしゃべりってほどの性格ではないから気にしない方がよかったのかもしれない。


「あー、あかり、気にしなくていいから。こいつ今緊張してんの」

「緊張?なんで?」

「・・・・・さあ?なんでだろーなー」


 凜はそうやって意味深なことを言い残したくせに、さらっと話題を変える。


「あ、そういえばさっき思ったけど浴衣ついでにあかりたちといっしょにプール行くとき用の水着買えばよかったなって」

「凜前に買ったやつがあるじゃん」

「まあそうなんだけどー・・・・サイズが」


 そこで言いたいことを理解する。
 凜は結構胸が大きいので・・・・、たぶん、そういうことだ。


「あー・・・、なるほどね」

「あっ、まあでもそれだけじゃないけどね。瀬名くんに見られるからには万全で行きたいじゃん?あかりも思わない?」

「え?いや・・・・そう?む、むしろ瀬名くんにはあんまり見られたくない・・・・かも・・・」


 そうか、よく考えるとプールに行くってことは水着を着るってことだ。
 軽く考えていたけど今思えば恥ずかしくなってきた。

 数えきれない数の女子とプールや海に行ってきたであろう瀬名くんに私の貧相な水着姿を見られる・・・・。
 考えるだけで恥ずかしすぎて顔が赤くなる。


「・・・・瀬名くんて誰?」


 珍しく海くんが会話にはいってきた。


「私と凜のクラスメイトだよ」

「・・・・プール行くんですか?そいつと」

「うん。あ、ごめんね、海くんが知らない話しちゃって・・・・」

「・・・・・」


 海くんはむすっとした表情で黙り込んだ。
 見かねて凜が話しかける。


「海!大丈夫、あたしもいっしょだから!もし万が一な雰囲気になってもあたしが割り込むから!」

「・・・・姉ちゃんじゃあてになんねー」

「・・・・言うにことかいてそれか」

「・・・・・」

「もー、めんどくさい弟だなー!とにかくプールは夏祭りの後だから!夏祭りであんたがいけば問題ないじゃん!」

「・・・・いける気がしねーんだけど」


 今度は私が会話についていけてないけど、珍しく海がしゃべってくれているので静かに待つことにする。

 そう考えていると、注文した料理が運ばれてきた。


「ふたりとも、とりあえずごはんにしようか」


 凜と海くんはまだなにか話したりなそうではあったが、おいしそうな香りをかいだからか何も言わず箸を用意する。

 そのあとごはんを食べながら他愛ないことを話してその日は終わった。


 ちなみに凜はやはり遠慮なくデザートで期間限定のパフェまで完食し、海くんに恨み言を言われていた。