春の風が、校舎にそっと舞い込んだ。
あの日から、季節は何度もめくれて、ようやくこの日が来た。

私は胸元のリボンを何度も直しながら昇降口へ走る。
目の前に現れたのは――

「…ういは」

制服に袖を通したういはが立っていた。
短くなった髪が春の光を受けて、やさしく揺れる。

「やっほ」
「…ほんとに、戻ってきたんだね」

「うん、約束したでしょ」
「“見ててね”って」

言葉に詰まって、でも、もう抑えきれなくて
私はういはを、ぎゅっと抱きしめた。

「おかえり」
「ただいま、百合」

教室に入ると、みんなが一斉に顔をあげる。
一瞬の静けさのあと、拍手が広がった。

「ういはぁー!!」
「戻ってきたー!!」
「やばい、泣きそう」

ういはが照れくさそうに笑う。
でもその瞳には、ちゃんと覚悟が宿っていた。

「えっと…」

「病気のこと、ちゃんと話すね」
「私、膵臓がんだったの」
「辛い治療もいっぱいあった。もう何度も諦めそうになったよ」

でも――

「百合がいたから、私はここにいられる」
「…ずっと、そばにいてくれてありがとう」

私は目頭を抑えることもできず、ただういはを見つめていた。

「最後に、もうひとつ…伝えたいことがあります」

ういはの手が、ポケットの中で震えていた。
でも、前を向いて話し始める。

「私、小学生のときにお母さんを亡くしてて…」
「そこから、ずっと“失うのが怖い”って思ってた」
「だから誰にも本音を言えなかった」

「でも、百合だけは違った」
「百合には、自分を隠さなくてよかった」
「…私ね」

「百合のことが、好きです」

シーンと静まり返る教室の中、
私の心臓だけが、爆発しそうなくらい鳴ってた。

「ういは…」

涙が、頬を伝って止まらなかった。

「ありがとう」
「私も、ずっとういはが大好きだったよ」

ういはが、パッと笑った。

あの日みたいに、天使みたいに――

数日後、ういはからLINEが届いた。

《私、やっと“素の自分”になれたよ
 そしたらね、すっごく世界が優しくなった
 きっとそれは、百合が“私の天使”だったからだと思う》

私は空を見上げて、そっと笑った。

「私の天使は、ちゃんと戻ってきたよ」

おわり