蒼side

「部屋から出てこない?」

 その日遅くに帰って来た巧さんは、スーツを脱ぎながら顔色を変えた。

「ごはんもいらないって……。ねえ、何て声をかけたらいいかしら」

 母さんも巧さんと同じような顔をしながら心配そうにウロウロしている。

 ずっと母さんと二人きりだった俺に出来た新しい家族――巧さんと柚里葉ちゃん。母さんと俺の間には『父さん』という存在は触れてはいけない雰囲気が漂っていたから、「新しい家族が出来るかもしれない」って聞いた時はすごくうれしかったんだ。

 でも、始まったばかりの生活に暗雲が立ち込めた。
 柚里葉ちゃんが部屋に閉じこもってしまった。

「少しそっとしておこうか。柚里葉も色々思うことがある年頃だ。じきに『腹減った』って出てくるさ」

 巧さんは少しだけ疲れた顔で母さんにそう言った。
 でも俺は知っている。柚里葉ちゃんが閉じこもってしまった原因は俺なんだ。

 俺が柚里葉ちゃんが〝HAL〟だって知ってしまったから。