私の席の前には蒼くんが座っている。いつものように下を向いたまま、カチャカチャとナイフとフォークを動かしていると視線を感じた。

(……?)

 なんだろう、と顔を上げると、バチリ! 蒼くんと目が合ってしまった。

「ナイフの使い方うまいね。俺、全然できないや」

 見れば蒼くんの皿の上では野菜や肉があっちこっちに散らばって、集めるのが大変そうだ。

「あ、えっと……そうでも、ないです」

 誉められるなんて思ってなかった。しどろもどろになりながら、ようやく返事をすると、私たちが話しているのに気づいた真智さんが話に混ざってきた。

「ああ、そうだわ。引っ越したら蒼は柚里葉さんと同じ学校に通うことになるわね。色々教えてちょうだいね」
「え……」

 ――学校。
 突然の話題に、私の身体が固まる。

(同じ学校に通う……、あの学校に……)

 一瞬で固まった私の様子に、蒼くんが一番最初に気づいた。

「柚里葉ちゃん?」
「ゆ、柚里葉。大丈夫か?」

 パパも声をかけてくれた。その声にようやくハッと気づいて顔をあげると、心配そうな真智さんと蒼くんの表情が飛び込んでくる。

(ヤバい……、なんか言わないと!)

 気づけば手の中は汗でびっしょり。口を開いたら、思わぬ言葉が飛び出していた。

「わ、私……じつは学校、行けてなくて。だから……あの……」

 正直に言うつもりは無かったんだ。でも、もしかしたら正直に話したいって、心のどこかで思っていたのかもしれない。だって家族になる人たちだから……。

「――っ、ごめんなさい。私、全然知らなくて……」
「すまん柚里葉。パパが伝えそびれていたんだ」
 
 真智さんはびっくりしたように謝ってきた。パパもそれに合わせて私に謝った。二人ともそれ以上何も言えなくなって、顔を見合わせて黙ってしまった。微妙な空気が部屋に立ち込める。

 学校に行ってないなんて言ったらこうなるのは知ってた。知ってたけど、ね……。

「ア、ハハ! はははっ、大丈夫。大丈夫だから……ごめん」

 気まずくなった空気を何とかしたくて、私は笑った。
 この部屋に来て、私はこの時初めて笑ったんだ。