ミュゼ・キッシンジャー
 これが、私のお名前。
 私が住むティルレット王国では、身分の高い者は本名を明かしてはならないという暗黙のルールがある。
 かつて、金糸雀(カナリア)の女王…と呼ばれた女王様が、息子を王様にするために跡継ぎ候補を皆殺しにし。それに飽きたらず、王族・公爵…その近辺を殺しまくったというのが由来とされているらしい。(※所説ありますが)
 ま、庶民である私は本名垂れ流しで生活しても命を狙われる危険性はない。

 その金糸雀の女王っていう人のせいで、公爵はおらず。
 現在のティルレット王国には、5人の侯爵がいる。
 由緒正しいと言われるのが中央部のスペンサー家。
 スペンサー家は、名門であり王家と深い関りがある。

 残る4つは、
 東部のアームストロング家。
 西部のゴディファー家。
 南部のケリー家。
 そして、今回の花嫁候補の大会を開催する北部のドラモンド家である。
 ドラモンド家は、騎士団の中でも話題にもならないような存在だったけど。
 現在の当主、ドラモンド侯爵が当主になってから一気に知名度が上がった。
 言葉巧みに人々を誘導し、自分の支配下に置くことに成功したドラモンド侯爵は敵なしというくらい恐れられている。
 ドラモンド侯爵は元は国家騎士団の人間で、頭が良く武術・剣術においてパーフェクトというもう、人間離れした人間だそうだ。
 そんな英雄が、どういうわけか気づけば騎士団を去って、ドラモンド侯爵になっているからビックリ仰天。
 完璧人間であるドラモンド侯爵の目を欺くのは無理と言い切れる。

 何度もまばたきをして、考えながら。
 あー…どうすっかなあとぐるぐると脳内の場面を展開させる。

「ミュゼ、君は子爵令嬢ということで。護衛2名を付けることにする」

 私が考えを巡らしている間に、ツバキ団長はどんどんと話を進めていく。
「失礼します」と言って、ドアが開いて誰かが入って来たなあとチラッと見ると。
 見覚えのある男が2名、整列しているではないか。
「ジェイ…白雪姫?」
 思わず立ち上がる。
 同期のジェイと白雪姫がこっちを見ると、笑顔になった。
 2人の前に駆け付けると、思わず笑顔になってしまう。
「なんで、どうしたの? うわあ、ジェイ。久しぶり。白雪姫、オッサンになったねえ」
 ジェイと白雪姫は同い年にして騎士団学校生活を共に過ごした仲間だ。
 10歳から15歳まで一緒に勉学に励み、今はそれぞれ別の配属先で働いている。

 背が高く、がっちりとした体型のほうがジェイ。
 国家騎士団の肉体班のエースで。先月、戦争から戻って来たばかりだという。

 もう一人の小柄のほうが白雪姫。
 本名はホワイトだけれど、出会った頃は小さくて女の子みたいだったから嫌がらせを込めて「白雪姫」と呼んでいる。
 見た目の通り、白雪姫は小柄で体力はない。その上、勉学が出来るわけじゃない。前、聞いたときは門番やっていると聞いたけど…
「俺たちは、ツバキ団長に呼ばれてきただけ」
「よく、あんた達のリーダーが許してくれたねえ。みんな配属先違うのにねえ」
 久しぶりの再会に、きゃっきゃしていると。
 後ろから「こほん」という声が聴こえて、ヤバイと思って振り返る。

「あと、もう一人。君の侍女を連れて行ってもらいたい」
「侍女?」
 ツバキ団長は自らドアを開けた。
 キィィと不快感になるような音を立てて、ドアが開くと。
 一人の女の子が立っている。
 私は思わず「あ」と女の子を指さしてしまった。