「今、何とおっしゃいました?」

 町でいきなり泣き出した侍女と出会ってから、数年の月日が経った。
 国家騎士団の頭脳班で事務職をしていた私は一年半前に騎士団から離れた。
 目の前にいるツバキ団長に「辞めます」と言ったのだが。
 のらりくらりとかわされ続け、最終的には「予備隊でいいじゃんっ!」と丸め込められた。
 世界では男女平等…と歌われているけれども。
 この国では、まだまだ男性のほうが有利で。
 男性だけだった騎士団に、女性の募集が加わったのはここ20年ほど。
 全くいないってわけじゃないけど。騎士団の9割は男性という事実があるわけで。
 1割に入っている若い女性騎士団を逃してたまるかいっというのがツバキ団長の考えである。
 普段は、放浪ピアニストとして国中の礼拝堂を巡りながらピアノを弾く日々だったはずが。
 目の前にいる団長に呼び出され、泣く泣く首都にある国家騎士団の本部へと戻って来た。
 一年ぶりに着る制服はどこかきごちなく、
 久しぶりの本部にビクビクしながら、辿り着いたというのに。

 テーブルの上に置かれた一枚の書類を見て。
 私は「本気で言ってます?」とツバキ団長を睨みつける。

 団長の部屋は無駄に広く、人払いをして静まり返ったこの空間が何ともぞっとする。
 書類には「花嫁募集」と自分には縁遠いふざけた文字が並んでいる。
「ドラモンド侯爵の息子が花嫁を募集しているんだ。年齢的に君にぴったしじゃないか!」
 40代のツバキ団長はそりゃあ無邪気な顔で言いのけた。
「ですが、私は庶民の出であって、貴族ではありません」
 募集事項には、年齢は16歳から22歳。それはクリアとは言えるが。
 男爵以上の貴族令嬢と書いてあるではないか!

 そもそも、呼び出して未来の花嫁を見つけ出そう! という馬鹿げた大会に出ろっていうのがどうにかしている。
 上司とはいえ、睨みつけていると。ニコニコしていたツバキ団長が真顔になった。
 騎士団は強面な人しかいないと思い込んでいたが。
 ツバキ団長は優しいことで有名だ。
 人望があり、部下にとても愛されている。

 だが、怖い顔をするときには、しっかりと。そこは引き締めて怖い顔になる。
「君に拒否権はない。命令だ」
「…いや、別に嫌だとは言ってませんって。ただ…私以外の適任がいるでしょう」
 ツバキ団長の睨んだ顔があまりにも怖くて萎縮してしまう。
 そもそも、上司に対する尊敬が自分の中で下がってきているのが事実で。
 一年ぶりに再会して。で、何でこんなことになっているのか…

「君以外に適任がいないからだ」
 一言、ツバキ団長の言葉に。思わずため息が漏れた。
「大丈夫、君は私の姪っ子ということにしておくから。そこらへんはどうにかなる」
「どうにかなるって、あのドラモンド家ですよね!? 絶対に経歴詐称してもバレるでしょう!?」
 思わず大声を出してしまうが、ツバキ団長には届かない。
 相手は泣く子も黙るとされる北部のドラモンド家なのだ。
 一つでも嘘をつけば、すぐにバレる。

 ぎゃんぎゃん吠える私に、今度はツバキ団長がため息をついた。
「バレても構わないんだ」
「へ?」
「別に経歴詐称してバレても構わない。花嫁に選ばれなくても構わない。ドラモンド家や領民たちの様子がわかればいいんだよ」
「……」
「君は、花嫁候補の一人として北部へ行って。適当にライバルと戦って戻ってくればいいよ」
 ツバキ団長は立ち上がった。

「よろしく頼んだよ、ミュゼ」