花嫁選抜大会3日目。
 今日の予定は花嫁候補11名全員でアフタヌーンティーを楽しむ会という内容だ。
 私はあえて開催時間ぎりぎりに到着した。
 四人掛けの丸テーブルが幾つかあって、既に私以外の令嬢は座ってお喋りを楽しんでいる。
 ドラモンド侯爵の隣には鈴様が座り、
 鈴様の隣にはアスカ嬢、その隣にはヒナタ嬢がビクビクしながら座っていた。
 私は誰も座っていない丸テーブルに座った。

「全員、揃ったという事で始めましょうか」
 ドラモンド侯爵が立ち上がると、侯爵家の侍女や執事たちがティーポットとカップ・ソーサーを用意する。
「本日の紅茶は、こちらのアスカ侯爵令嬢の領地で作られている紅茶です。アスカ嬢、お礼を申し上げます」
 ドラモンド侯爵が頭を下げると、アスカ令嬢は慌てて立ち上がって
「めっそうもございません。皆様の口に合えば喜ばしい限りですわ」
 アスカ嬢は微笑むとすぐに鈴様に視線を移した。
 鈴様はアスカ嬢を見向きもせず、ドラモンド侯爵をガン見している。
 …なんだろう、この光景は。

 上空で、ピロロロロロとトンビの鳴き声がした。
 肌寒いとはいえ、日光が当たるので少しは暖かい。
 用意された、ティーカップに紅茶が注がれる。
「ミュゼ様、あまりお紅茶には口をつけないでください」
「へっ」
 耳元でこっそりとシナモンに言われ、急いで振り返ると。
 シナモンは何事もなかったように立っている。

「それでは、皆様。ごゆるりと、紅茶とお菓子をお楽しみください」

 ドラモンド侯爵の心地よい声に、周りから「いただきます」という声が飛び交う。
 目の前の紅茶を見て、手が震えてくる。
 とりあえず、カップを持ち上げて。
 周りを眺める。
 …私の分にだけ、毒が入っているってこと?

 飲むふりだけをしてすぐにカップを置いた。
 毒を入れるとしたら、アスカ嬢しかいない。
 アスカ嬢を見ると、こっちの様子をうかがうことなく鈴様にずっと視線を送っている。
 あれ? と思ってアスカ嬢の侍女や騎士たちを探すがこっちを伺う様子はなかった。
 ただ、侍女やあのウサギ男は不安げにドラモンド侯爵を眺めている。
 どういうことだろう…

 5分ほど経つと、近くに座っていた令嬢が「暑い…」と呟いた。
「なんだか、暑いですわね」
「ほんと…紅茶に発汗作用でもあるのかしら?」
 扇子をパタパタと仰ぎだしているのを見て、首を傾げる。
 それぞれ、暑いと口に出して。
 汗をかいている令嬢、顔を真っ赤にしている令嬢、中にはぐったりとしている令嬢がいる。

 ガタンッと乱暴に立ち上がったのは、ドラモンド侯爵だ。
 一瞬にして静かになる。
「いやあ、すまないね。体調がよくないみたいで、これで失礼するよ」
 まさか…、ドラモンド侯爵に何かを盛ったのか…
「ドラモンド侯爵、私もお供します」
 慌てて立ち上がった鈴様を侯爵は制止した。
「おまえのための会なのだから、おまえはここに残りなさい」
 ドラモンド侯爵が歩き出すと、シナモンの宿敵ゼンという男が黙ってついていく。

 あからさまに、おかしい…
 シナモンの言う通り、紅茶に何か入っている。
 しかも…全員に?

 いや、唯一変化がないのが鈴様だ。
 鈴様はじっとドラモンド侯爵の背中を眺めている。

「鈴様、わたくしも具合が悪いですわ」

 甘えた声で、アスカ嬢が立ち上がると、勢いよく鈴様に抱き着いた。
 普段、鍛えている鈴様はいきなり抱き着かれても身体はブレることなくしっかりと立っている。

 皆、ぼおーとした表情でアスカ嬢と鈴様を眺めている。
 黙っていれば、美男美女のカップルだ。
 誰もが見ても「美しい」と言うと思う。
 漆黒の髪の毛を揺らしながらうっとりとした表情で鈴様を眺めるアスカ嬢。
 細すぎる腕なのに、ぎっちりと鈴様の胴体に抱き着いている。
 対して、鈴様はアスカ嬢をチラリと見た。
 アスカ嬢の豊満な胸が鈴様の身体にぴったりと当たっている。
 それでいて、あんな綺麗な顔で見上げられたら、ドキドキしてしまうんでは?

 物語のようなワンシーンに周りはぼーと黙って眺めている。
「悪いが、侯爵が心配なので私もこれにて失礼する」
 とアスカ嬢を乱暴に突き飛ばして、物凄い勢いで走って消えて行った。

 …はあ?