「あなた、軽音部の子?」
「は、はい……はじめ、まして」
この人が、浅野くんのお母さんか。
あらわになった全身を目の当たりにして、足が震える。
上下真っ黒のシンプルなドレス姿。首元にはきれいなシルバーのネックレス。
ツヤツヤのハイヒールが手伝って、浅野くんよりも若干目線が高い。
四十代くらいの、上品な女の人。
この前の映画館の店員さんと同じ、あたしの苦手なタイプの大人だ。
「知ってるでしょう? 磁緒はもう音楽なんて辞めたのよ」
「あ、あの、きょ、今日だけ、でも……」
「なりませんわ。模擬試験はその日のうちに自己採点して、復習することで頭に入るの」
よどみなく話すその口調に、ますます頭が真っ白になる。
「磁緒は今日まっすぐ帰って、家で模擬試験の見直しをする。あなたたちのお遊びに付き合っている暇はないのよ。わかったら帰っていただけるかしら」
言わなきゃ。
せめて今日だけでもお願いしますって、ちゃんと言わなきゃ。
そう思えば思うほど、足はすくんで。口は乾いて。
——助けてよ。
頭の中で、丸メガネの大親友にすがりつく。
けれども、現実には今あたしは一人だ。
代わりに話してくれる舞ちゃんは、ここにはいない。
「あの、あたしのせいなんです」
電車の中でなんとなく整理してきた言い訳を、震える声に乗せた。
「ん?」
「こ、今回浅野くんの点数が落ちてしまったのは、あたしの、せいなんです。試験前もずっとあたしの練習を見てくれていたから。ほ、ほんとうは、彼なら勉強と音楽を両立できると、思います……たぶん」
「知ったような口を聞くお嬢さんね」
蔑むような薄ら笑い。
あたしの弱々しい説得では、お母さんの気持ちをこれっぽっちも動かせなかったみたい。
——また、やってしまった。
苦手なことにチャレンジして失敗した。
かっこつけてしゃしゃり出ないで、モニ先輩に行ってもらえばよかったんだ。
勝気なモニ先輩なら、あっという間に浅野くんやお母さんを説得できたに違いない。
せっかく、五人でのライブを実現できるかもしれなかったのに。
試験会場に来たのが弱虫なあたしだったせいで、なんにもできずに終わってしまう。
「でも、でも……」
なにか話し続けなくちゃダメだ。
そう思って、必死に口を動かした。
だけどもう、これ以上戦えそうにない。
『お前ってさ、いつも誰かが守護神みたいについててラッキーだよな』
頭の中で響く、呪いの言葉。
橋乃口の言う通りだ。
舞ちゃんが守ってくれていなければ、あたしは無力。
自分一人では、初対面の大人とまともに会話することすらできない。
「いい加減どいてくれないかしら?」
浅野くんのお母さんが、苛立ち始めた様子であたしをにらむ。
「いい、お嬢ちゃん。この子はね、勉強に集中したほうが将来うまくいくのよ」
子供のことは自分が一番知っている、という自信。
うるわしく彩られた唇が、浅野くんについて一つの評価を下した。
「だってこの子、感情がないでしょう?」
「は、はい……はじめ、まして」
この人が、浅野くんのお母さんか。
あらわになった全身を目の当たりにして、足が震える。
上下真っ黒のシンプルなドレス姿。首元にはきれいなシルバーのネックレス。
ツヤツヤのハイヒールが手伝って、浅野くんよりも若干目線が高い。
四十代くらいの、上品な女の人。
この前の映画館の店員さんと同じ、あたしの苦手なタイプの大人だ。
「知ってるでしょう? 磁緒はもう音楽なんて辞めたのよ」
「あ、あの、きょ、今日だけ、でも……」
「なりませんわ。模擬試験はその日のうちに自己採点して、復習することで頭に入るの」
よどみなく話すその口調に、ますます頭が真っ白になる。
「磁緒は今日まっすぐ帰って、家で模擬試験の見直しをする。あなたたちのお遊びに付き合っている暇はないのよ。わかったら帰っていただけるかしら」
言わなきゃ。
せめて今日だけでもお願いしますって、ちゃんと言わなきゃ。
そう思えば思うほど、足はすくんで。口は乾いて。
——助けてよ。
頭の中で、丸メガネの大親友にすがりつく。
けれども、現実には今あたしは一人だ。
代わりに話してくれる舞ちゃんは、ここにはいない。
「あの、あたしのせいなんです」
電車の中でなんとなく整理してきた言い訳を、震える声に乗せた。
「ん?」
「こ、今回浅野くんの点数が落ちてしまったのは、あたしの、せいなんです。試験前もずっとあたしの練習を見てくれていたから。ほ、ほんとうは、彼なら勉強と音楽を両立できると、思います……たぶん」
「知ったような口を聞くお嬢さんね」
蔑むような薄ら笑い。
あたしの弱々しい説得では、お母さんの気持ちをこれっぽっちも動かせなかったみたい。
——また、やってしまった。
苦手なことにチャレンジして失敗した。
かっこつけてしゃしゃり出ないで、モニ先輩に行ってもらえばよかったんだ。
勝気なモニ先輩なら、あっという間に浅野くんやお母さんを説得できたに違いない。
せっかく、五人でのライブを実現できるかもしれなかったのに。
試験会場に来たのが弱虫なあたしだったせいで、なんにもできずに終わってしまう。
「でも、でも……」
なにか話し続けなくちゃダメだ。
そう思って、必死に口を動かした。
だけどもう、これ以上戦えそうにない。
『お前ってさ、いつも誰かが守護神みたいについててラッキーだよな』
頭の中で響く、呪いの言葉。
橋乃口の言う通りだ。
舞ちゃんが守ってくれていなければ、あたしは無力。
自分一人では、初対面の大人とまともに会話することすらできない。
「いい加減どいてくれないかしら?」
浅野くんのお母さんが、苛立ち始めた様子であたしをにらむ。
「いい、お嬢ちゃん。この子はね、勉強に集中したほうが将来うまくいくのよ」
子供のことは自分が一番知っている、という自信。
うるわしく彩られた唇が、浅野くんについて一つの評価を下した。
「だってこの子、感情がないでしょう?」
