ハートがバキバキ鳴ってるの!

 小さな望みを乗せて声を絞り出した。
 けれども、返ってきたのは虚しいほどにあっさりした回答。
「もう辞めたよ」

 淡々と事実を告げる口調に、ずんと体が重くなる。
「せめて、文化祭だけでも出られないのかな」
「無理だって言っただろ」

 一歩一歩、教室が近づいてくる。
 この取っ手を離せば、あたしと浅野くんを結びつけるものはなにもなくなる。

「おれさ、勉強頑張って、理系の研究者目指すよ」
 正面を見たまま、浅野くんがおもむろに語り出した。

「エレキギターに打ち込んだおかげで音とか電気の知識は多少あるからさ、そっち方面でやっていこうと思う」
「そうなんだ……」
「ずっと母親に音楽やるの反対されてたんだよ。『磁緒(じお)は勉強に集中したほうが将来うまくいくはず』って」
 三組の教室を通り過ぎる。友達とゲラゲラ笑う橋乃口の姿が目に入って、一瞬肺が詰まった。

「音楽をしたい気持ちと、母さんの言う通りかもなって思う気持ちで、ずっと葛藤してた」
 教室までのあと数十秒の間、あたしたちはつながっている。
 温食缶一個分の距離を隔てて。

「だけど、こうやって選択肢が一つ潰れてくれたおかげで、今すっげー楽」
 ギターケースを背負っていない、空っぽの背中。
 嵐のあとの晴れ空のようにさわやかな声が、鼓膜にツンと突き刺さった。

『少なくともおれは、音楽なんて好きにならなきゃ、今よりずっと楽だったのにって思ってる』
 四月、初めて音楽室に横並びで向かった時の浅野くんの言葉。
 その重みを、今更になってひしひしと感じた。

「勉強に集中するほうが、おれの将来のためになるんだ」
 どこか、暗記した文を読み上げるようなその口調。

 ほんの少しだけ見えた隙間に、気持ちを挟み込んだ。
「浅野くんは、ほんとにそれでいいの?」