——そういうわけで、結局あたしはその日から一切ピックを触っていなかった。
「うーん、あたしにはやっぱり指弾きのほうが向いてるかなって」
「向いてる?」
ギターに目を落としたまま、浅野くんが聞き返してくる。
「そもそもあたしがこの部活に誘われたのは、指弾きの才能を見込まれてのことだし」
「天才の手だ」というセラ先輩の言葉は、右手の二本の指で弦を弾くという想定でのものだ。
「得意な弾き方に集中したほうがいい演奏できる気がするし、みんなにも迷惑かけなくて済むっていうか——」
「ちゃんと練習する前からそれかよ」
あたしの言葉をさえぎって、浅野くんが立ち上がった。
紺色のギターをスタンドに置き、あたしのところに歩いてくる浅野くん。
二人きりの部室の中、足音がどんどん近づいてくる。
視界の中で大きくなる、真っ白な制服。
しなやかに揺れる、サラサラの髪。
心臓がパンパンに膨らんでいくのを感じた。
浅野くんが近づいてきてうれしいような、だけど逃げ出したいような。
変な気持ちがこみ上げてきて、胸の中がぐちゃぐちゃだ。
「ほい、これで弾いてみな」
差し出されたピックを受け取った時。
一瞬だけ、指先が触れ合った。
——それだけで、限界を越えてしまった。
ビリビリと、指先から体中に電流が走る。
反射的に手を離すと、床に叩きつけられたピックが力無い音を立てた。
「ご、ごめん……」
気分が悪い。呼吸が荒い。
風邪を引いたみたいに熱くなった顔を、思わず両手で覆う。
「どうした?」
「ちょっと、体調が悪くて」
「体調?」
「あたし、今日は帰るね」
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと疲れちゃったのかな。ごめんね。明日には元気になってるはずだから」
一瞬触れただけでしびれた指先の感覚に、耐えられなかった。
「あっそ」
静かにピックを拾い、踵を返す浅野くん。
荷物をまとめて、引き戸を開ける。
ふと目をやった先の浅野くんは、普段通り黙々とギターを練習していた。
そういえば、今日は一回も目が合ってないや。
やっぱりあたしのことなんて、ただのバンドメンバーとしてしか見てないんだよね。
もっといえば、「わずらわしい足手まとい」って感じかも……。
「じゃあね、浅野くん」
黙って左手を上げる浅野くんの姿を確認して、入り口の引手を掴む。
引き戸が閉まる直前。
隙間から、声があたしを追いかけてきた。
「しっかり休みな。本番前だからって、あんまり無理するなよ」
「うーん、あたしにはやっぱり指弾きのほうが向いてるかなって」
「向いてる?」
ギターに目を落としたまま、浅野くんが聞き返してくる。
「そもそもあたしがこの部活に誘われたのは、指弾きの才能を見込まれてのことだし」
「天才の手だ」というセラ先輩の言葉は、右手の二本の指で弦を弾くという想定でのものだ。
「得意な弾き方に集中したほうがいい演奏できる気がするし、みんなにも迷惑かけなくて済むっていうか——」
「ちゃんと練習する前からそれかよ」
あたしの言葉をさえぎって、浅野くんが立ち上がった。
紺色のギターをスタンドに置き、あたしのところに歩いてくる浅野くん。
二人きりの部室の中、足音がどんどん近づいてくる。
視界の中で大きくなる、真っ白な制服。
しなやかに揺れる、サラサラの髪。
心臓がパンパンに膨らんでいくのを感じた。
浅野くんが近づいてきてうれしいような、だけど逃げ出したいような。
変な気持ちがこみ上げてきて、胸の中がぐちゃぐちゃだ。
「ほい、これで弾いてみな」
差し出されたピックを受け取った時。
一瞬だけ、指先が触れ合った。
——それだけで、限界を越えてしまった。
ビリビリと、指先から体中に電流が走る。
反射的に手を離すと、床に叩きつけられたピックが力無い音を立てた。
「ご、ごめん……」
気分が悪い。呼吸が荒い。
風邪を引いたみたいに熱くなった顔を、思わず両手で覆う。
「どうした?」
「ちょっと、体調が悪くて」
「体調?」
「あたし、今日は帰るね」
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと疲れちゃったのかな。ごめんね。明日には元気になってるはずだから」
一瞬触れただけでしびれた指先の感覚に、耐えられなかった。
「あっそ」
静かにピックを拾い、踵を返す浅野くん。
荷物をまとめて、引き戸を開ける。
ふと目をやった先の浅野くんは、普段通り黙々とギターを練習していた。
そういえば、今日は一回も目が合ってないや。
やっぱりあたしのことなんて、ただのバンドメンバーとしてしか見てないんだよね。
もっといえば、「わずらわしい足手まとい」って感じかも……。
「じゃあね、浅野くん」
黙って左手を上げる浅野くんの姿を確認して、入り口の引手を掴む。
引き戸が閉まる直前。
隙間から、声があたしを追いかけてきた。
「しっかり休みな。本番前だからって、あんまり無理するなよ」
