ハートがバキバキ鳴ってるの!

 テツ先輩が再生した音に耳を傾ける。
 うわ、なんだこれ……。
 二日前に浅野くんに録音してもらった時もびっくりしたけど、それよりももっともっとひどい音だ。

「感じたことを、ぜひ教えてください」
「二ヶ月前のあたし、めちゃくちゃ下手くそです」
 大げさではなく、思ったことを正直に言葉にした。
「それを、他の言い方で表すとどうなりますか?」

 他の言い方……?
 テツ先輩に問われて、今の自分の言葉を頭の中でいろんな角度から眺めてみる。
 二ヶ月前のあたし、めちゃくちゃ下手くそ。
 二ヶ月前は、下手くそだった。
 ということは、
「あたし、二ヶ月で少し上手になったんですね」

 それを聞いたテツ先輩が、口元にうれしそうな笑みを浮かべた。
「坂を駆け上っている人間は、自分がどれほど高いところにいるのか、案外気づかないものです。ときには、振り返って自分を褒めてあげるのもいいと思いますよ」

 そうか。
 自分の演奏を録音するということは、ここ三日間のあたしにとって「怖い」ものだった。
 自分のできていないところを突きつけてくる、動かぬ証拠。 
 だけど、テツ先輩に言われて気づいた。
 録音が見せつけてくるのは、できていないところだけじゃない。
 あたしが今までにどれくらい努力して、どれくらい上達したかということも、過去の音が教えてくれる。

「テツ先輩、ありがとうございます。あたし、先輩のおかげで、ちょっと前向きになれた気がします」
「それはよかったです」
 そう言って、テツ先輩はまた和やかに微笑んだ。
「おっと、それを聞いて思い出しました」
 テツ先輩が、立ち上がってカバンを肩にかけながら手を打つ。
「瀬底さん、浅野くんが前向きになれるように、ぜひ力を貸してあげてくださいね」
「え、どういうことですか?」
 浅野くんが前向きに?
 だって、浅野くんは今でも一生懸命練習してるし。
 あたしの力なんかなくても、毎日辛い思いに負けずに頑張ってる。

「まっすぐな瀬底さんとの関わりが、浅野くんの課題(●●)を解決する鍵になると僕は考えています。弦楽器同士、よろしく頼みますよ」
「課題って、いったい……?」
「さあ、僕にも詳しいことはわからないのです。ただ、彼を見ているとなにかを抱えているように感じます。僕の思い違いかもしれませんけどね。はっはっはっ」

 最後の笑い声は、それこそドラムみたいに音階のない平坦な調子で。
 テツ先輩が自分の勘に自信を持っていることが伝わってきた。