「舞ちゃん、昨日はほんとにごめん!」
 次の日の朝、教室に入るなり舞ちゃんの前で両手を合わせた。
「メッセージ送った通り、軽音部の先輩に捕まっちゃって……」
「それはわかったけど。で、どうだったの、軽音部は?」
 いつも通り落ち着いた舞ちゃんの声を聞いて、ほっとする。
 よかったー! 喧嘩にならなくて!

「結局ね、その場で『入る』って言っちゃったんだ。先輩たちの演奏がほんとうに素敵だったから、つい勢いで! 舞ちゃんに説明しないまま決めてしまって、ごめんね……」
「気にしないでいいよ。それより、みかるって音楽やったことあったっけ?」
「ない! でもね、ベース始めるんだよ、ベース!」
 舞ちゃんの感心した顔が見たくて、姿勢がぐぐっと前のめりになる。
 ところが、舞ちゃんは感心というよりは心配そうな目であたしを見ていた。
「えー、大丈夫……?」
「大丈夫だよ! あたしね、才能があるって言われたの!」
「ふーん、それならいいけど」
 どこか含みのある目であたしを見る舞ちゃん。
「なんかさ、みかる、ちょっとできないことがあると逃げがちだし」
「あたしだって頑張る時は頑張るよ!」

 話しながら舞ちゃんは、一時間目の教材を机に出していた。まだホームルームも始まってないというのに。さすが舞ちゃん、用意がいい。

 ……あれ、ちょっと待てよ。
 舞ちゃんの国語のワークを見て、ぞわりと背中に冷たいものが走った。
「そういえば、国語って何か宿題出てたっけ?」
 こわごわ確認すると、舞ちゃんがあっさりと答えた。
「出てるよ。『今日の授業で解説するから解いてこい』って先生が言ってた。ここの一ページだけだけど」
 舞ちゃんがワークを前から数ページめくってあたしに見せる。左半分が、整った字で完璧に埋められていた。

「わあ、忘れてた! やらなきゃ!」

 あたしは急いで国語のワークを取り出して、舞ちゃんが教えてくれたページを開いた。
 左に解答・解説の冊子。右にワーク。
 模範解答の赤文字を見ながら、サクサク答えを写していく。
 物語文は苦手だ。お話の内容に入り込めないと、読む気が起きないんだよね。こういうのは答え見て埋めちゃうに限る。

「まーた答え写してるの? 分量はそこまでないし、まだ授業始まるまでは時間あるんだから、自分で考えて解いたら?」
 隣から舞ちゃんの小言が聞こえるけど、あたしのシャープペンシルの勢いは止まらない。
「だってやる気出ないんだもーん。この話つまんないし」
「そんなことしてたら、いつまでたっても自分の力つかないよ」
「もう、舞ちゃんったら口うるさい教育ママって感じ!」

 喋りながらでも、あたしの手はサクサク動いて解答欄を埋めていく。
「ふう、終わった!」
 最後の解答欄に「イ」と書き、シャープペンシルを置いた。
 本文も選択肢も、一文字たりとて読んでいなかった。