浅野くんがポケットからスマホを取り出してぽちぽちとタップする。
 すると、スマホから規則的な音が鳴り始めた。
 ピッ、カッ、カッ、カッ、ピッ、カッ、カッ、カッ……。

「メトロノームのリズムに合わせて、こんなふうに弾いてみて。ベースの基本の弾き方の一つ、『指弾き』だ」
 浅野くんが、自分のギターの弦の上で人差し指と中指を交互に動かす。人の足に見立ててトコトコって歩かせるみたいに。
「なるほど、指で弾くから『指弾き』か。覚えやすいね!」
「さっさと弾け」
「わかったよお……」
 浅野くんに急かされるまま、見よう見まねで指を弦の上で動かしてみた。
 デンデンデンデン……。
 低い音が規則的に鳴る。
「あの、こんな感じでいいかな?」
 おそるおそる顔を上げた時、パチパチパチ、と乾いた音が聞こえた。

 入り口を見ると、ちょうど戻ってきたらしいモニ先輩とテツ先輩が、あたしを見て拍手している。教卓のセラ先輩も、同じく。
 あたし、うまくできたってこと?

「な? ちゃんと天才連れてきただろ?」
 セラ先輩が、モニ先輩とテツ先輩を見て言う。

「最高じゃん!」
「ええ、セラくんの言う通りですね!」
 常に快活なモニ先輩だけでなく、普段穏やかなテツ先輩もやたらテンションが高い。

「あの、あたしの演奏、そんなに良かったんですか?」
 混乱したまま、先輩たちに尋ねてみる。

「うん、音の粒がちゃんと揃っててすごいよ!」
 あたしを口説くかのように、歯を見せて微笑むセラ先輩。

「ベースの指弾き初心者が最初にぶつかりがちな壁の一つが、人差し指と中指で弾くときに音色(ねいろ)がバラバラになってしまうことです。たいていの場合、まずは自分の指の長さに合わせて手首の角度を調節する必要が出てきます」
 聞き取りやすい声で解説してくれるテツ先輩。

「でも、みかるんの場合、人差し指と中指の長さがあまり変わらないのもあって、自然に弾いた手の向きで、そのままちょうどいい角度になるみたいね!」
 心底うれしそうに、瞳を輝かせるモニ先輩。

「才能を無駄にするなよ。しっかり練習しな」
 そっけないながら褒めてくれる浅野くん。

 夢みたいな気分だった。
 なんだかよくわからないけど、恥ずかしいところだと思っていた自分の指が、強みになるなんて!

 窓の向こうから日差しが降り注ぎ、ベースのボディがきらめいた。
 あたしの中学校生活、すごくいいスタート切ったかも!