ハートがバキバキ鳴ってるの!

 一瞬にして変わってしまった世界。
 身動きができずにいると、やがて浅野くんが唇を離した。

「これで満足か?」
「えっと……」
 あまりにも急な出来事に、口をパクパクさせることしかできない。
「ピック越しじゃ物足りないんだろ?」
「へっ?」
 意味がわからなくて首をかしげると、浅野くんがめんどくさそうに説明を始めた。
「あんたが、直接触れるほうが好きって言うから」

 なる、ほど……?
 あー、やっちゃったな、あたし。
 もういっそ、そういうことにしといたほうがいい気もしたけど、
「演奏の話じゃなかったの?」
 あたしの中の悪魔が、正直に喋り始めた。

「は?」
 浅野くんの眉が不安げに動く。

「ピック弾きよりも指で直接弾く感覚が好きだなって、あたし、そういう意味で」
「なっ……」
 浅野くんの顔が、夕焼け空みたいにじわじわ赤くなり始めた。
「あー、もう!」
 あたしから半歩遠ざかり、頭をかきむしる。サラサラの髪が台無しだ。
「紛らわしい言い方しやがって!」
 勢いよくあたしに突きつけられたはずの人差し指は、ぶるぶると頼りなく震えている。
「っていうか、あの流れでどうしてそう解釈するんだよ! あんたはもっと、国語を勉強しろ!」
 普段のクールさからは想像がつかないほど、真っ赤に染まった浅野くんの顔。リンゴみたいでおいしそう。
 
「当分、おれに近寄るな!!」
 そう言って、浅野くんは荷物も持たずに大股で教室を飛び出した。
 
 ドタドタとあわただしい足音が、床を伝ってあたしの心臓を揺らす。

 近寄るなって言われても。
 なんの迷いもなく、そのあとを追って駆け出していた。

 だって、あたしは確信してるから。
 今この瞬間、浅野くんのハートもバキバキ鳴ってるって!




<おわり>