ハートがバキバキ鳴ってるの!

「浅野くん!」
 飛び出した叫び声はたぶん、激しいドラムの音にかき消された。
 間に合ってよかった!

「メンバー紹介! 最後は……ギター、ジオ!」
 今までで一番大きな歓声が体育館を揺らす中、浅野くんがソロパートを弾き始めた。
 部室で練習していた時と同じ、軽やかなストローク。
 紺色のボディを駆ける白い手首。ジャキジャキと歯切れの良い音色。
 いつも通りの浅野くんだ。
 ずっと待っていた音が、そこにあった。
 すごくうれしかった。
 ……はずなのに。
 何事もなかったかのように涼しげなその姿を見ていると、だんだんムカついてきた。

 あんなに心配したのに!
 なにその余裕な顔!
 
 七小節目、ギターソロが終わりに近づき、
「ベース! みかる!」
 セラ先輩の宣言で、あたしのソロパートが始まった。

 うあああああ!!
 ムカムカした気持ちを乗せて、思いっきりベースを奏でる。
 弦を弾く力は、いつもの二倍くらい。
 この音が、浅野くんに突き刺され!
 リズムが少しもたついてるけど、ソロパートだしいいよね。
 いつもはバンドを底から支えているベースだって、たまには暴れたい時があるんだもん!
 
 弾きながら上手(かみて)側をにらみつける。
 浅野くんは一瞬だけ気圧(けお)されたような表情をしたあと、ほんの少し口元を緩めた。
(やるじゃん)
 浅野くんの声が聞こえた気がして、ドキッとする。
 胸の中が忙しい。
 こんなにイライラしてるけど、やっぱりあたしは浅野くんのことが好き。
 いや、好きだからこそ、爆発しちゃったんだな。

 八小節目の決めフレーズでベースソロが終わり、もう一度浅野くんの番に。

「あれ?」
 ソロを控えた浅野くんの姿を見て、つい疑問の声が漏れる。
 だって、その右手の中が空っぽだったから。
 さっきまで弦を弾いていた黒いピックは、いつのまにか浅野くんの唇に挟まれていた。

 なにをするつもりなの?
 混乱しながら見守っていると、ピックを咥えた唇が、なにか覚悟を決めるような調子できゅっと結ばれた。
 指板の上で左右の手を構え、軽く指の跡をつけるみたいに弦を押す。
 さっきまでの切れ味のある音とは違った、鼓膜が少しくすぐったくなるような丸い音色。
 あの弾き方は、たしか……。
 「タッピング」ってやつだ!
 部室でシュミットさんのライブ動画をあたしに見せながら、浅野くんが「苦手」と(つぶや)いていた奏法。

 よく見れば、浅野くんの顔からさっきまでの涼しさが消えていた。
 (まばた)きすらせず指板とにらめっこする横顔。ぎこちない手つき。
 リズムキープもところどころ危うい気がする。
 
 こんな大勢の観客の前、しかも一週間ぶりの演奏。
 なんでわざわざ苦手なタッピングを急にやりだしたのか謎だけど、勇気あるなあ。

 ギターソロが七小節目に入った。
 そろそろ交代、次はあたしの番だ。
 大丈夫、いっぱい練習したんだから。

 指の動きを頭の中で復習していた時。
 浅野くんの右手がフレットを離れて、口元に伸びたと思ったら。
 突然、浅野くんの咥えていたピックが、あたしに向かって飛んできた。

「へっ?」
 意味わかんない! なに、いきなり!?
 予想外の出来事に、頭が真っ白になる。

 弧を描いて飛んでくる、薄くて平たい三角形。
 視界の中で大きくなる黒色をぼーっと眺めていると、やがてそれは磁石みたいにあたしの口元に吸い寄せられてきて……。