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 きれいなキーボードの旋律を合図に、一曲目「君の瞳はマグネット」が始まった。

 モニ先輩にならって、一音一音丁寧に、伝えたいニュアンスを考えながら弾く。
 それと同時に、セラ先輩に言われた通り、多少納得いかなくてもノリノリな表情は崩さない。
 この三ヶ月で学んだこと一つひとつを思い出しながら演奏した。

 弓野会長はあの短い時間で曲をしっかり自分のものにしていた。ところどころ元のフレーズと違う部分もあったけど、ポイントは押さえて違和感なく仕上げている。

 土壇場で助っ人を呼んだとは思えないほどライブは順調に進み、気がついたら二曲目が終わっていた。
 ——浅野くんが来ないまま。
 
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 「いぇーーい!! みんな、文化祭楽しんでる?」
 最後の曲「閃光夏休み」の前に、MCが入った。
 セラ先輩の問いかけに、大きな歓声が上がる。

「それじゃ、今日は時間の関係でメンバー紹介からいくよ!」
 
 客席中を見渡しながら意気揚々と話すセラ先輩。まるでプロの歌手みたいだ。

「まずは、ゲストから! ギター! 弓野会長!」
 セラ先輩に呼ばれた会長が、ギターを悠々と弾く。高音を中心とした神聖な雰囲気のフレーズ。なんだかんだ乗ってくれてるみたいだ。

「残念ながら、会長はこのあと仕事に戻るため抜けてしまいます! ここまでありがとうございました!」
 きびきびと一礼する会長を、大きな拍手が包んだ。

 スタンドにギターを置いて舞台袖へ向かう会長。
 謎だったのは、自分に近い上手《かみて》の袖へ抜けるのではなく、あたしがいるほうの下手《しもて》へ向かって歩いてきたことだ。
 な、なんでわざわざ……?
 弓野会長が近づいてくるにつれて、得体の知れない胸騒ぎが大きくなる。
 無表情で堂々と歩くその姿が、やがてあたしの真後ろまで来た。
 「早く通り過ぎて」と思いながら身を固めていると、小さく耳打ちされた。

「いいリズムキープだな。おかげで弾きやすかったぞ」
 ふいに注ぎ込まれたその言葉に、少しの間脳が動きを止めた。
 一歩一歩遠ざかる会長を眺めるうち、じわじわと実感が湧いてきて。
 今日一日の疲れが一気に取れるのを感じた。