なんか常におどおどしてるやつ。
それが最初の印象だった。
不本意ながら部活で関わるうち、やたら感情表現が大げさな人間だということがわかってきた。
なんてことない些細なおれの行動に、わざわざ「ありがとう」とか伝えてきたり。
録音にショック受けて部室を飛び出したかと思えば、練習再開してからは手術中の医者みたいな真剣な目つきでベースを弾く。
休憩中にしたシュミットの話だって、わざとらしいくらいに楽しそうに相槌打つから、つい話が止まらなくなった。
そのうち、彼女の姿が視界に入るたび、説明のつかないイライラに襲われることが増えた。
テツ先輩と話している時の穏やかな表情を目にすると、なぜか自分の無力さを突きつけられたような気持ちになって。
セラ先輩にウインクされてどぎまぎしている顔を見ると、心臓を引っかかれたような強烈な不安が込み上げてきて。
エレベーターの中で起動したスマホを確認すると、母さんからのSMSが入っていた。
【磁緒、試験お疲れさま。買い物を済ませたらすぐ迎えにいくから、そこで待っていなさい】
いい高校に入って、立派な大学に進んで、しっかりとした専門性を身に付ける。
このまま母さんの用意した譜面通りに生きれば、そこそこいい人生が待っているはず。
音楽なんか、勉強の邪魔でしかない。
そう言い聞かされてきたし、自分でも言い聞かせてきた。
けれども、長い時間をかけて積み上げたその理屈は、今朝のひとときで粉々に破壊された。
『あたしは、浅野くんがいなきゃイヤだ!』
路上でバカみたいに叫ぶ汗だくの顔が、まぶたの裏にがっしりしがみついていて。
『浅野くんの出ないライブにも、浅野くんの来ない部室にも、あたしは耐えられない!』
おれの都合なんてちっとも考えていない身勝手な喚きが、しっかりとこの体に巻きつけられていて。
『だからお願い、戻ってきて!!』
——最悪だ。
自分の感情なんか、ずっと封じ込めておくつもりだったのに。
物理法則に従って、足が動く。
信号が青になった瞬間、駅に向かってまっすぐ走り出していた。
全身が軋む中、頭の中に流れるBGMは、部室で何度も聴いたセラ先輩の歌声。
歌詞なんか、どうでもいいと思ってた。
おれは音で勝負するんだって。
だけど今、あのチャラ男が綴ったこっぱずかしいリリックが、おれの胸の中から感情を引っ張り出していた。
【君の瞳はマグネット
磁力の向きは自由自在
目が合えばついそらすのに
気づけばまた追ってしまう】
体を突き破りそうなほどの強い気持ちが、足を踏み出すにつれてますます膨らんでいく。
何キロも先にあるはずの瞳が、否応なくおれを吸い寄せていた。
今日、おれはまた一つ、音楽の魅力に詳しくなった。
それが最初の印象だった。
不本意ながら部活で関わるうち、やたら感情表現が大げさな人間だということがわかってきた。
なんてことない些細なおれの行動に、わざわざ「ありがとう」とか伝えてきたり。
録音にショック受けて部室を飛び出したかと思えば、練習再開してからは手術中の医者みたいな真剣な目つきでベースを弾く。
休憩中にしたシュミットの話だって、わざとらしいくらいに楽しそうに相槌打つから、つい話が止まらなくなった。
そのうち、彼女の姿が視界に入るたび、説明のつかないイライラに襲われることが増えた。
テツ先輩と話している時の穏やかな表情を目にすると、なぜか自分の無力さを突きつけられたような気持ちになって。
セラ先輩にウインクされてどぎまぎしている顔を見ると、心臓を引っかかれたような強烈な不安が込み上げてきて。
エレベーターの中で起動したスマホを確認すると、母さんからのSMSが入っていた。
【磁緒、試験お疲れさま。買い物を済ませたらすぐ迎えにいくから、そこで待っていなさい】
いい高校に入って、立派な大学に進んで、しっかりとした専門性を身に付ける。
このまま母さんの用意した譜面通りに生きれば、そこそこいい人生が待っているはず。
音楽なんか、勉強の邪魔でしかない。
そう言い聞かされてきたし、自分でも言い聞かせてきた。
けれども、長い時間をかけて積み上げたその理屈は、今朝のひとときで粉々に破壊された。
『あたしは、浅野くんがいなきゃイヤだ!』
路上でバカみたいに叫ぶ汗だくの顔が、まぶたの裏にがっしりしがみついていて。
『浅野くんの出ないライブにも、浅野くんの来ない部室にも、あたしは耐えられない!』
おれの都合なんてちっとも考えていない身勝手な喚きが、しっかりとこの体に巻きつけられていて。
『だからお願い、戻ってきて!!』
——最悪だ。
自分の感情なんか、ずっと封じ込めておくつもりだったのに。
物理法則に従って、足が動く。
信号が青になった瞬間、駅に向かってまっすぐ走り出していた。
全身が軋む中、頭の中に流れるBGMは、部室で何度も聴いたセラ先輩の歌声。
歌詞なんか、どうでもいいと思ってた。
おれは音で勝負するんだって。
だけど今、あのチャラ男が綴ったこっぱずかしいリリックが、おれの胸の中から感情を引っ張り出していた。
【君の瞳はマグネット
磁力の向きは自由自在
目が合えばついそらすのに
気づけばまた追ってしまう】
体を突き破りそうなほどの強い気持ちが、足を踏み出すにつれてますます膨らんでいく。
何キロも先にあるはずの瞳が、否応なくおれを吸い寄せていた。
今日、おれはまた一つ、音楽の魅力に詳しくなった。
