ハートがバキバキ鳴ってるの!

 言葉を切ると、久しぶりに周囲の人々が視界に入った。
 知らない制服を着た人たちが、不安そうにあたしたちを見ながら試験会場へ入っていく。

「……あなたに言いたいことは、これで全部です」
 お母さんの反応を待たずに、隣の男の子に目を向ける。
「浅野くん」

 緊張、恐怖、恥ずかしさ……。
 心臓が、十二年間の人生の中で一番バクバクしている。
 足が勝手に動いて逃げ出してしまうまで、あと十秒もなさそうだ。
 その前に、言い切らないと。

「前に言われた通り、浅野くんの将来のことは、あたしには関係ない。なにが浅野くんのためになるのか、あたしにはこれっぽっちもわからない。だけど——」

 残った勇気を振り絞って、わがままをぶちまける。
「あたしは、浅野くんがいなきゃイヤだ!」
 防音加工なんて一切されていない路上。
「浅野くんの出ないライブにも、浅野くんの来ない部室にも、あたしは耐えられない!」
 さっきよりもずっと大きな音量で、身勝手な想いが(とどろ)く。

「だからお願い、戻ってきて!!」

 ——使い切った。
 もう、一滴も勇気が残っていなかった。

 信号が、タイミングよく青になる。
 「失礼しました」も「試験頑張って」も言えず、駅に向かって逃げ出した。

 倒れそうな勢いで走るうち。
 じわじわと、今まで味わったことのない種類の喜びが込み上げてきた。

 苦手なタイプの大人に、自分の意見を伝えられた。
 目を合わせるのも恥ずかしい相手に、自分の想いを届けられた。

 独りで、立っていられた。