ハートがバキバキ鳴ってるの!

 ——カチッ。
 胸の中で、なにかのスイッチが入る音がした。

「……違う」

「ん? なにが違うのよ、言ってみなさい」
 正面に見えるのは、浅野くんのお母さんの勝ち誇った微笑み。
 
『自分じゃなにもできないくせに』
 頭の中に浮かぶのは、虫けらを見るような橋乃口の目つき。

 すーーっ。
 目を閉じて、大きく息を吸い込む。
 七月の熱い酸素が、肺の中で勇気に変わった。
 
 まず、あたしは、自分じゃなにもできない弱虫じゃない。

 そして、浅野くんは、
「感情のない人間なんかじゃ……ないっ!」

 アンプにつながれたような、大きな叫び。

「あなたは見たことがありますか!?」
 出会って三ヶ月。
 「苦手なクラスメート」から「大好きな男の子」へ変わった浅野くん。
 いつのまにか目が離せなくなっていたいろんな横顔が、あたりを行き交う車よりも速く、頭の中を駆け巡る。

「ギターを弾く彼の真剣な瞳を! ロックをバカにした先生に反抗する情熱を! 部活仲間が倒れた時に駆け寄ってくれるやさしさを!」
 そして、あの日部室で見てからずっと忘れられない、
「好きなミュージシャンの話をする時の、幸せそうな笑顔をっ!」

 少したじろいだ様子を見せながらも、浅野くんのお母さんは負けずに言い返してきた。
「あなたこそ、たかが部活での付き合い程度で、磁緒のなにを知っているつもりなのよ」
「なにも知りませんよ!」

 勢い込んで一歩踏み出す。
 ジリジリと焼けるようなアスファルトに、それよりも熱い汗が吸い込まれた。

「浅野くんがなにを考えているのかとか、浅野くんの将来のためにどうしたほうがいいとか、わかりません! でも——」

 息継ぎをすると、途端に恐怖を思い出して体が震えた。
 逃げ出そうとする両足をぐっと地面に押し付けて、目の前の女性をまっすぐ見据える。

「それはあなただって同じでしょう! 彼のことを全部知ってる他人なんて、一人もいないはずです!」
 親だからって、なんでも知ってるわけじゃないはずだ。

「感情のない人間だなんて、勝手に決めつけるな!!」