男と言っても、青年と呼んだ方が良いくらい若い容姿。
 艶のある黒髪に、端正な顔立ち。仄暗い瞳でこちらを見入るその人。恵まれているとひと目でわかるような品質の服装(もっともそれは、彼にとっての一張羅なのかもしれない)に身を包んだ青年。柔和な笑顔を浮かべながらも、何処か瞳に憂いがある。
 孤児院で孤児を引き取りたいという人は少なくない。もっともそれは、優秀な孤児がほとんどでありーー私のような食い扶持を削る孤児は引き取られないことが殆どだ。
 だから、いつもの事だろうと興味を抱くことも無く無関心を貫いていた。
 そんな私に、興味を持って近づいたのは青年の方だった。
 一言二言質問をされ、当たり障りのない答えし、ふとぽつりと呟く。
 
「……ああ、やっぱり君が欲しい」
 
 欲しい、という言葉に驚き、変哲もない私に何故ーーと混乱する。
 
「ああ、すみませんが……この子を引き取りたいのですが」
 そう言って案内役の職員に尋ねた青年に、職員も驚いた様子で本当にいいんですか、と繰り返し聞き返した。
 職員との会話の声が遠のいていく。
 その後かすかながらも、紹介した子ほど良くは無いですよ、とも。
 その言葉に、言い表せない感情を掻き乱される。が、その言葉に青年が返した。
「僕は紛れもなくあの子がいいんですよ、他の誰よりも、あの子だけを」
 
 その青年が後に先生と呼びしたうことになる人だった。
 
 私が引き取られた当初から既に、先生は作家としての仕事をしていたようだった。常日頃仕事が舞い込むわけではないようだったが、それなりに名の知れた人だということを知らされた。
 引き取られた私が連れていかれたのは、その青年の家だった。
 青年はリョウと名乗った。
 
「君は今日から、この家でここで暮らすんだ」
 
 ここで暮らすーーその言葉は、戦争の混乱に巻き込まれ数年間、孤児院で過ごしていた私にとっては特別な響きを持っていた。
 
 ちらりと青年の方を見上げれば、私を見て薄く微笑んだ。
 赤の他人に引き取られ、右も左も分からないまま。
 私の新しい生活は、その日始まった。
 
 リョウと名乗る私を引き取った青年は、巷では名のしれた作家だと言う。「僕の呼び名は自由でいいよ。僕は君を引き取ったけど、あくまでも、親代わりでしかないからね。君の意思を尊重するよ」
「僕は随分長いこと一人でいたからね。……人肌恋しくて、君を迎えたんだ」
 そう言って笑み浮かべたその瞳には、人寂しさから迎えたと言うにはーーあまりにも真剣な、何処か怪しい光があった。
 作家の職を得て生活をしている。親代わりと言えど父と呼ぶには無理があり、名前で呼ぶのも気恥ずかしいーーならば先生と呼べばいい。リョウと名乗った青年のーー"先生"のその言葉を、私は甘んじて受け入れた。