動物園から走ることおよそ三十分。進藤さんの運転する車は、だだっ広い空き地のような場所で止まった。周りには、ちらほらと車が止まっている。そして、数台また数台と、車が集まってくる。一体、ここは何をする場所なんだろう?
 
「映画。観ませんか?」
「映画?」
 ここで? もしかして、タブレットとかで?
 すると、進藤さんは前方を指差した。指差した先、フロントガラスの向こう側には、巨大なスクリーンが鎮座している。暗かったのでちっとも気付かなかった。
 スクリーンがじんわり明るくなり始めると、周囲から灯りが消えた。周りの車たちがライトを落としたのだ。
 
「これ……」
「ドライブインシアターです。今日、良い映画がやってるんで。少し前の作品ですけどね。あ、ほら。始まりますよ」
 
 巨大なスクリーンに映し出されたのは、『天使のくれた時間』。二十年以上前に公開された——私の大好きな——映画だった。
 
 進藤さんは、上映中終始無言で、スクリーンを見つめるその横顔は真剣そのものだった。きっと、自分ならどんなふうに訳すのか……そんなことを考えているんだろうな。そんな真剣な横顔に、胸をときめかせてしまう自分がちょっと恥ずかしい。
 
 
 二時間弱の映画は、あっという間に終わった。この映画が公開された頃はまだ子供だったので、こうやって大きなスクリーンで観るのは初めてだった。ニコラス・ケイジも驚くほどに若い。
 
 夜の帳の中、大きなスクリーンにゆったりと流れるエンドロールがまるで天の川みたいだ。
「ああ……良かったぁー!」
 思わず、声を上げてしまった。後半から私の涙腺は既に崩壊している。隣の進藤さんを見ると、彼の目も少し潤んでいた。
「何度観ても良い作品ですよね、これ」
「はい。私も何回も観てしまうくらい、大好きです。あの子供たちがまた、たまらなく可愛いですよね。いつもと違う父親をエイリアンだと思って、『地球へようこそ』って言うところとか。あのセリフ、すごく好きです」
 進藤さんはにこりと笑って、うんうんと頷いた。
「俺は、天使のセリフが何だか深いなあって。最近、良くそう思うんです」
「『きらめきは一瞬だ』?」
「そう。『永久には続かない』、なんて。でも実際そうなのかもしれません。楽しくて、幸せな時間ほど……簡単に、ある日突然、こぼれ落ちてしまったりするから」
 そう言った進藤さんの表情は、やっぱりどこか寂しそうだ。そんなふうに彼を思わせてしまう何かが、あったのかもしれない。でも、彼はきっと、それを私には話してはくれない気がする。私が進藤さんのためにできることって、何かあるのかな……。

「永久に続くきらめきも、あるかもしれませんよ?」

「え?」

 進藤さんが不思議そうな顔で私を見る。
「だって、その『きらめき』をずっと覚えていられたら……ずっと、心の中で忘れずにいられたら、それは『一瞬』じゃなくて『永久』になりませんか?」
 
 ん? ちょっと待って。これって、私が時々見るあの星の夢で聞こえるセリフと似てる……? これじゃまるで、誰かのセリフを横取りしたみたいじゃない。いや、でもあの夢は私が見ている夢だから、私は私のセリフを横取りしただけで……って。何だか、訳わからなくなってきた。
 
「いいですね、それ。ひなたさん、良い字幕作れるかも」
「いや、それ以前に英語ができないので無理——」
 
 ————っ。
 
 唇が、触れた。進藤さんの。嘘。何で今?
 
 ああ、でも。
 ずっと、こうしたかった。
 お願いよ、神様。
 
 もう少しだけ、このまま。