「本当に大丈夫?」
「なんでもない。ほっといてくれ」
 苛立たし気に言った直後、すごい音が聞こえた。

「……もしかして、おなかすいてるの?」
 私が言うと、男はくたりと壁にもたれた。
「くっそ。昼も抜いたから限界……」
 私は、パスケースをバッグにしまいながらあたりを見回す。

「ねえ」
「なんだよ。しつこいな」
 振り向いた男に、私は言った。
「時間、ある?」
「は?」

 どういう事情か知らないけど、どうやらこの人はおなかがすいているらしい。このままじゃそこらへんで倒れてしまいそう。
 ちょっと失礼な人だけれど、あの人ごみで唯一助けてくれた人でもあるから完全に悪い人ではないかもしれない。

「助けてくれたお礼に、よければ、夕飯でもおごらせてくれない?」
 そう言って私は、道の向こうにあったファミリーレストランを指さす。
 知らない人とレストランに入るのは気がひけるけど、まだ時間も早いし賑やかなファミレスだったら人目もあるし。