「誰も見てるだけであの子を助けなかったじゃない! 駅員呼びに行ったって、その間に連れてかれちゃうかもしれないし! 私だって平気なんかじゃない! 怖かったよ! 怖かったけど、あの子はもっと怖かったと思う……から……」
 うっかり泣きそうになってしまって唇をかみしめる。こんな男の前で泣きたくない。

 うつむいた私の視界に、男の手元が入った。
「あ、それ!?」
 その男が持っていたのは、緑色のパスケース。私はあわててバッグの中を探るけどやっぱりない。さっき、バッグを落とした時に拾い損ねたんだ。

「五十嵐……るな?」
 男性にその名前を呼ばれて、か、と顔が赤くなる。うわあああ、恥ずかしい。

 それは、本当の私の名前ではない。
 本来ならICカードを入れる透明なそこには、ラグバの公式会員証が入っていた。RAGーBAGの文字もおしゃれにデザインされているから、ぱっと見は会員カードのようには見えない。ローマ字で記載されている会員の名前の方が読み取りやすいくらいだ。