推しがいるのはナイショです!

「MV見たいって欲望と、ナンパになんかひっかかるかっていう自制心が、めちゃくちゃせめぎ合っている顔してる」
「うるさい」
 唸るような私の声を聞いて、男が笑った。

 結局、何も言えずに駅についてしまう。
「じゃあ、またな」 
「あ、ちょ……!」
「ん?」
 ううう。またなんてないわよ、って言えない私は口を開いた。

「……ラーメン、ごちそうさま」
 それを聞いて男は目を瞠ると、に、と笑った。そして改札に背を向けると、軽い足取りで歩き出す。
 あれ? 電車乗らないの?
 そこで気づいた。

 もしかして、私をここまで送ってくれた?

「あ」
 と、何やら思い出したらしい男が振り向いた。
「くおん」
「は?」
「俺の名前。久しく遠い、で久遠」
「久遠」

 なんとなく繰り返すと、久遠は軽く手を振って人ごみに消えていった。

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