この日の夜、文博さんと事情を聞いた明子さんに『凛が寝てから話がしたい』と言われた。
 その席で聞かれたことは、やはり遼生さんのことだった。

「やっぱり碓氷さんが凛の父親だったのか」

 私の話を聞いた文博さんは、ポツリと漏らして椅子の背もたれに体重を預けた。

「それにしても記憶喪失だなんて……。文句を言ってやりたくても言えないなんてずるいわね」

「俺だってそうさ。いつか凛の父親と対峙する日がきたら、一発殴ってやろうと思っていたのに……」

 そう言ってふたりは深いため息を漏らした。

「しかし複雑な気分だよ。碓氷さんとの付き合いは短いが、碓氷不動産の御曹司だっていうのに低姿勢で、俺たちの話を親身になって聞いてくれる人なんだ。そんな人が萌ちゃんにあんなひどいことをした人と同一人物なんてな」

 文博さんがそう言いたくなるのも頷ける。私だって彼があんな別れ方をする人だとは夢にも思わなかった。

 でもそれは現実に起こったことで、確実に私は遼生さんに振られたのだ。

「とにかくどんな人だろうと記憶を失っている以上、私たちはなにも知らないフリをして接するしかないわね。碓氷さんがこっちにいるのもそんなに長くはないんでしょ?」

「あぁ、一ヵ月ほど滞在すると言っていたし、その後は本社がある東京に戻るだろう。できるだけ打ち合わせは店以外でやってもらうようにするよ」