事故に遭い、ずっと大切ななにかを失った気がしてならなかった。その心の隙間を埋めるように、彼女と出会ったんだ。

 ズキズキと痛む頭。それと聞こえてくる甲高い声に目が覚め、ゆっくりと瞼を開けた。

 すぐに視界に入ったのは見慣れない天井と、鼻につく消毒液の匂い。

「あら、今頃気づいたの? バカな遼生は碓氷不動産の跡取りという名誉ある資格を失ってでもあなたと駆け落ちしようとしたの。その罰が当たったんでしょうね。あなたとの待ち合わせ場所に向かう途中、車に轢かれそうになった女の子を助けようとして事故に遭ったの」

「それで遼生さんはあなたと過ごした記憶をすべて失ったってわけ。機転を利かしたお義母様がすぐに手を打って、あなたとの関係を清算したのよ」

 耳を疑う話に俺は再び瞼を閉じた。

 この声は母と、珠緒だよな? どういうことだ? 俺が駆け落ちをしようとしていた? いったい誰と?

 駆け落ちをしてまで一緒になりたいと思う相手がいたことに驚く。そんな相手とは、まだ出会えていないと思っていたのに……。

 身に覚えのない話に心がざわつく。