元々距離が短かったからか、芹沢さんの住んでいる前川邸に着くのは思っていたよりも早かった。
「御免!」
覇気のある声で土方さんが言う。
「誰だ・・・って土方殿と山南殿でしたか。そしてそちらが例の、本宮殿・・・奥で芹沢殿が待っています」
「わかりました、新見さん」
(あ、この人が新見さん・・・)
雰囲気は総司さんに似ているような気がする。ただ、総司さんよりも体つきはがっしりとしているし目も鋭い。
(うぅ、ちょっと苦手なタイプかも・・・)
建物の中心部に向かって歩いて行く新見さんに着いて行く。
(ってか、この匂いなんなの・・・気持ち悪い・・・)
どうやら匂いの原因は一番奥の部屋から。
(みんな気づいてないの?こんなに匂うのに・・・?)
「失礼します。土方殿共を連れて来ました」
「おぅ、そうか!入ってこい!」
部屋の中から野太い声が聞こえた。今の声の主が芹沢さんなのだろう。
新見さんが襖を開けた瞬間、さっきから匂っていたから気持ち悪い異臭があたりに広がる。
(今、思い出した。この匂いは、あれだ、えっと、そう!夜の居酒屋!)
中学生の頃、塾帰りにあった居酒屋の匂いにそっくりだ。
(あのとき、結構ナンパされたもんね・・・)
懐かしい思い出がふと頭の中をよぎったが思い出に浸る前に部屋のお酒の匂いが邪魔して浸れなかった。仕方がない。屯所に帰ってから浸ろう。
「おぉ、其方が本宮かえでか!」
急な名指しに驚いて声の主をみる。
「会うのを楽しみにしておったぞ!儂が芹沢鴨じゃ」
(なんか、言い方がおじさん臭い・・・)
そんな第一印象はともかくわたしはチラッと土方さんの方を向く。目が合った瞬間、小さく頷かれた。
(オッケー、つまり座ってもいいのね)
恐る恐る芹沢さんの向かいに座り、頭をさげる。
「初めまして。本宮かえでです」
顔を上げるとちょうど芹沢さんと目が合う。
「ふむ・・・其方、儂に言いたいことでもあるのか・・・?」
急に言われて思わず畳の上で小さく飛び上がる。
(・・・言っても大丈夫・・・?今日はお酒飲んでなさそうだったし、なんとかなるかな・・・山南さんも土方さんもいるし)
わたしは覚悟を決めてく口を開く。
「芹沢さん。正直言って貴方は、今の幕府をどう思っていますか?」
思ってもみない質問だったのか、芹沢さん以下三名は目を見開く。
「それは・・・今の幕府が、やっていけると思うか、と言うことか?」
確かめるように聞く芹沢さんに対して頷くと彼は腕を組んで考え込む。
「正直・・・やっていけるか、と言われたら微妙だ、な・・・」
「やっぱり、あなたもそう思いますか・・・まぁ、そういう思想が水戸学の基本なんですよね」
芹沢さんは水戸藩出身。多分日常的に水戸を学んでいる。そして、水戸学は将軍より天皇第一。
「土方さんたちはどう思っているの?」
土方さんにも話を振ってみる。
「あぁ?将軍様が外国に負けるとは思えねぇが?」
「そう、それ!それ言って欲しかった!」
言って欲しかった事をそのまま言われて嬉しくなる。
「わかりました?この意見の対立が二人、違うね、それぞれの派閥争いに繋がっているの」
「「「「・・・!」」」」
四人が目から鱗が落ちたような顔をして、顔を見合わせる。
「今のあなたたちの目標は将軍様がいる京を守る事。でもいつかは意見の食い違いが出てくる。だからこそそれぞれの意見をしっかり聞き合わないと。ただでさえ浪人の集まりなんだからね」
「その女子の言葉、一理あるな・・・」
「そうですね。まずは私たちの意見の擦り合わせをしないと・・・」
「あと、芹沢さん、京の商人にお金を借りるのはダメです!新、浪士組の信頼に関わります!」
「・・・確かにやめたいには山々だけど、それがないと・・・」
「お金はわたしがなんとかします。なのでちゃんとお金の管理をしてください!」
最後の方はほぼ悲鳴。
(でも、これを変えないと・・・!)
わたしはじっと芹沢さんを見つめる。一瞬だったのか、はたまた何分もたっていたのかもしれない。
「・・・あいわかった。資金も取れるんだよな?」
「!勿論!任せてください」
芹沢さんが頷くのを見てわたし達は立ち上がる。
「では、御免」
「・・・あ!芹沢さん!」
言い忘れた事を思い出して振り向く。
「これは自分次第ですけど・・・お酒、控えた方がいいですよ。病気の原因になります・・・まだ数日しかここで過ごしていないはずなのに、壁や畳にお酒の匂い、染み付いてます」
「・・・!」
思わず畳に手をつけてしまう芹沢さん。
「どうするかは自分次第ですよ」
わたしはニコッと芹沢さんに笑いかけてから襖を閉めた。