そうかな。あたしのことなんて、もう嫌になったかもしれない。

葛見さんや新しいバンドのことで、疲弊していたんだとは思う。
だけど、綴をいちばん追い詰めてしまったのは、あたしじゃないだろうか。

「いち花、鳴ってる」

「えっ……」

「いち花のスマホ、鳴ってない?」

耳を澄ますとスマホの鈍い振動音がわずかに聞こえた。
バッグから取り出したスマホには、いちばん恋しかった名前がたしかに表示されていた。
たまらなくなって、弾くようにスワイプする。

「いち花……」

湿度の高い小さな声が、大きく胸を震わせた。
どっぷりと絶望に浸かっていた心が動き出し、甘い涙がこぼれる。

身体の力が抜けて床にへたり込むと、チカくんはあたしの膝にブランケットをそっとかけてリビングを後にした。

「いち花、ごめん……」

すんすんと鼻が鳴り、喘ぐように息があふれた。

嫌われて、ない。
あたしは綴に嫌われてはいない。

いち花と呼ぶ綴の声に、嫌悪は少しも混ざっていなかった。

なんてじれったいんだろう。
目の前にいたら強く抱きしめて、綴の好きなやり方で思いきりキスをするのに、電話越しでは言葉でしか触れ合えない。
言葉に不自由なあたしには煩わしくてたまらない。

適当に本を読んで、適当に教師が喜びそうな読書感想文を書いてきたツケが、今さら回ってきてしまった。

「つ、綴……。いま、どこにいるの?」

呼びかけるといろんな感情がどっと押し寄せて、ますます苦しくなった。

だけどその苦しさにはわずかな甘さも孕んでいて、あたしはまさかこれが綴との最後の電話になるなんて、思っていなかった。