「いや、さっきいち花が敦子さんとラーメンの話してたから。食べたいのかと思って」

「ああ、違う違う。あれはね、妊娠すると食べたくなるらしいよって話をしてたの」

「ラーメンなんて食べたくなるんだ。グレープフルーツとか、そういう柑橘系の果物のイメージだったけど」

「ね。あたしもそういうイメージ……だったん、だけど……」

途切れ途切れに言いながら、頭のなかを血液がぎゅんぎゅんと目まぐるしく行き交うような感覚を覚えた。
中途半端にひらいたままの口が渇いていく。

「どうかした?」

チカくんは不思議そうにあたしの顔を覗き込んだ。
はっとしたものの言葉に詰まり、どうにか絞り出す。

「ううん。なにも……」

通りを抜けると飲食店が連なり、ちいさな洋食屋さんの軒下の端では猫たちが丸まってパンくずを食べていた。
平和な夕食姿にチカくんが微笑み、その笑顔を夕焼けが紅く染める。

だけど、あたしの目の前には分厚い真っ暗な暗幕がかかってしまって、ちっとも平和じゃなかった。

ラーメンを啜っても、杏仁豆腐を食べても、匂いも味もしない。
チカくんの話していることが半透明の記号になって耳をすり抜ける。


最後に生理がきたのはいつ?


真っ赤なラズベリーのちいさな種を、奥歯に感じた。