「なぁ、小春」
ふと名前を呼ばれ、楓くんの方に顔を向ける。
「声が出せないってそれだけで辛いと思うし、それでいろいろと不便なことってあるだろう?」
彼の問いに、私はこくりと頷く。
楓くんの言う通り、話せなくてたくさんの場面で困ることがある。
「だからさ、1つ良いこと教えてあげる」
良いことってなんだろう?
不思議に思っていると、「ちょっと手かりるよ」と言って楓くんは私の手に触れた。
えっ?
な、なに……?
戸惑う私をよそに楓くんは私の手を動かしながら説明する。
「まずは、左手を体の前に曲げる。そして、左手の甲から右手を縦に垂直に上げる」
「……?」
「この動作が手話でいう『ありがとう』って意味」
手話で“ありがとう”。
楓くんの言葉を心の中でそっと呟いた。
「スマホ持っていない時とか近くにペンと紙がない時、もし誰かにお礼を伝えたくなったらこれをやってみなよ」
緘動でできるか分からないけれど、これならなにも道具を使わなくて済む。
思っていることを手で表せられる。
もしかして、昨日、“ありがとう”と言うことができなかった私を気にかけて、手話を教えてくれたのかな。
「気持ちを伝えるのって、いろんな手段があるんだよ。声に出せなくてもジェスチャーだったり、手話だったり、筆談だったり、相手に伝わればどんな手段でもいいんだよ」
コミュニケーションは声を出して人と会話することだと、私はずっとそれに囚われていた。
でも、それは1つのやり方であって、人と会話する方法は他にもあると楓くんは教えてくれた。