「そういえば、今日は音楽聴かないの?」

……あっ。

いつものルーティンを忘れてた。

慌ててバッグからイヤホンを取り出すけど、その動作はおぼつかない。

私ったら、なに動揺してるのよ!

イヤホンを耳に装着して、動画サイトを開くけど、どれを聴こうかなんて呑気に考えてられない。

ただただ親指で画面をスクロールさせている。

さっきまで、どんなことで頭を悩まさせれていたか忘れるぐらい、今は心がそわそわして落ち着かない。

私に挨拶をしてくれた人は、葉山くんが初めてだった。

今まで、話すことができない私に挨拶なんてしてくれる人なんて誰もいなかったのに。

でも、なんでこんな私に挨拶をしてくれたのだろう?

去年は違うクラスだったし、一緒のクラスになるまで彼の名前なんて知らなかった。

それで思い出すのは、昨日の英語の授業の出来事。

葉山くんと関わったのは、その1回だけ。

なんだか隣が静かな気がしてチラッと横を見ると寝てる。

机にうつ伏せになって腕を枕代わりにスヤスヤと居眠りしてる葉山くん。

さっきまで起きてたのに寝るの早すぎでしょ!と思わず心の中でツッコミたくなるが、それと同時に自由奔放でいいなとも思う。

私なんて、学校で自由に寝るなんてそんなのできない。

緘動のあまり、歩くのすらぎこちなくなる時がある。

そんな私ができないことをやっているのが葉山くんだ。

そんな彼に、私は羨ましいというより尊敬する。

今もなお、気持ちよさそうに寝ている葉山くん。

腕の隙間から見えるその横顔は、鼻筋が通っていて、端正な顔立ち。

見た目はかっこいいけど、寝顔はなんだか可愛い。