〇保健室へと走る潤。

潤(さぼっちゃった)
潤(でも)
潤(御門くんに会わなきゃいけない気がして)

 朝、寂しそうな表情をしていた葉澄の顔がよぎる。

潤(ゆうべも遅くまで仕事して、勉強もしてて、疲れないわけないよね……!)

 潤が保健室に向かうとタイミング悪く中から養護教諭が出てきてしまう。
 ぎゃっ! となる潤。

養護教諭「どうしたの?」
潤「あっ、えーっと……。ちょっと貧血気味で(嘘)」
養護教諭「あら。じゃあ、奥のベッドで寝てていいわよ。悪いんだけど、十五分くらい席を外しても大丈夫かしら」
潤「はい」

 潤は中に入る。二つあるベッドの片方はカーテンが閉められている。
 中にいた生徒が起き上がった。

葉澄「潤……?」
潤「御門、くん……?」

 潤の声に反応した葉澄はカーテンを開ける。
 そこに潤がいたことに驚いていた。

葉澄「うる(呼び捨てに仕掛けて)……っ、佐々木さん⁉ どうしたの? 具合悪いの⁉」
潤「ううん。仮病」
葉澄「仮病⁉」
潤「……御門くんが気になって、さぼっちゃった」
葉澄「ごめん、心配かけて! ちょっと寝不足だったってだけで、具合悪いとかじゃないから平気だよ」
潤「あっ、ううん。わたしが来たかっただけなの」

 慌てる葉澄に潤は笑う。

潤「あのね、お試しで付き合うって話なんだけど」
葉澄「うん」
潤「……御門くんに、無理してほしくなくて」

 そのセリフに葉澄はムッとした顔をした。

葉澄「無理なんかしてない」
潤「でも、お仕事だってあるし、勉強もしなきゃだし、忙しいよね?」
葉澄「だからやっぱり付き合うのはやめようって言いたいの?」
潤「違う。御門くんばっかりが大変な思いをするのはやだな、って思ったの」

 お試し期間だからこちらも試されているんじゃないか、と彩香に言われたが、葉澄からの愛情を受け取るばかりでは対等ではないと感じていた。

潤「困ったことがあったら言ってね。その……わたしじゃあんまり役に立たないかもしれないけど、疲れたとかしんどいとか、愚痴ぐらいは聞くし」
潤「『一緒に遊びに行きたいのに! ずるい!』とかって怒ってくれてもいいよ」
潤「わがまま、言ってくれていいんだからね?」

 心配してくれる潤にハッとした顔をする葉澄。
 葉澄はこれまで他者との関わりは気を遣い合ってばかりだった。
 (クラスメイトに誘われても「ごめん、仕事で……」「こっちこそ忙しいのに誘ってごめんな」と謝られ、離れて行ってしまう。そのことに葉澄は寂しさを感じていた)
 ぎゅっと唇を嚙み締めた葉澄は……。

葉澄「キスしたい」

 真顔で言われて突っ込む潤。

潤「やっ、ちょっ、そーいうことじゃなくて!!」
葉澄「わがまま言ってもいいって今言ってくれたじゃん」
潤「なんでも聞くとは言ってません!」

 いたずらっぽく笑う葉澄。

葉澄「じゃあ」
葉澄「『潤』って呼んでもいい……?」

 メッセージでは呼び捨てにされていたが口に出して呼ばれるのは初めて。
 葉澄はずっとタイミングを伺っていた様子。

潤「いいよ。はすみ、くん……」

 潤も呼び捨てに。
 見つめ合った二人。距離は次第に近づき、キスをする。
 初夏の風が保健室に吹き込み、ベッド周りで揺れているカーテンに隠れるようなシチュエーション。二人だけの雰囲気といった様子。

 廊下から養護教諭のスリッパの音が聞こえ、潤は大慌てで隣のベッドに入る。
 扉を開けて入ってくる先生。
 二人はお互いのベッドで寝たふりをしながらも赤い顔をしていた。