「桜庭君、今帰り?」
 生徒会室に向う階段の踊り場で、松井に声をかけられた

 「いや、生徒会室まで」

 「遅くなるの?」
 
 遅くなる?変な事を聞いてくるな・・と疑問に思いつつ
 「さぁ、あの生徒会長の用だからな。見当もつかない」

 突拍子も無い事をいってくるのが、あの会長だ

 「松井の方こそあの後、図書当番の1年来たのか?」
 反対に聞き返すと、松井はふふっと意味ありげに笑った

 「ちゃんと来たわよ。桜庭君も知ってるカワイイ女の子」

 「え?」
 
 「ううん。何でもないわ。とにかく今日は早く帰ってあげてね。きっと待ってるから」
 松井は階段を駆け上がり、「きっとよ」と念を押して走っていった

 何を言っているんだ?
 オレが早く帰るのと、あいつと何の関係があるのか?
 女の中で、比較的サバサバしている松井だが、やっぱり女は解らない

 オレの中でカワイイと思う女と言ったら、一人しかいない

 でも、まさか・・まさかな

 これ以上考えても結論が出ないので、考えない事にした



 さすがに、生徒会室のドアの前には、昼間の集団はいなかった

 コン・コンと形式的にノックをしてドアを開ける

 「こーちゃん!」
 との叫び声と共に、ファイルがオレを目掛けて飛んできた

 バシッ

 とっさの判断でファイルを床に叩き落とす

 「危ないじゃないですか。会長」
 床からファイルを拾い上げると、今期の予算案を綴ったものだった

 「昼にあれだけ呼んで、来ーへんかったこーちゃんが悪いんやろ!」

 子供の様にほっぺを膨らます会長

 あー。はい、はい
 悪いと思ったから、一直線に来てやったのに

 「・・で何かあったんですか?あと、何回も言ってると思いますが、『こーちゃん』ていうの止めてもらえません」

 何回もという言葉を強調して言ってみた

 「あかんかったか?」
 
 「まぁ」
 
 「よし、皆がおる前ではやめて、ここにおる時だけ呼ぶようにするし、それでええやろ」

 ・・というか、何処にいてもやめてほしいんだが、この人にとっては、これが最低限の譲歩なのだろう

 「本当に頼みますよ」
 全館放送で言われるよりは、ましか

 半ばあきらめつつ、テーブルにつくと窓から風に乗ってピアノの音が聞こえてきた