キッチンの流しに晶は立っていた

オレのカステラを切ると言っていたが、包丁を持つ手が進んでいない

「あきら。晶」

「はい」

晶はかろうじて返事をしたものの、上の空といった感じだった

「オレのカステラはいいから、あっちに戻ったら?母さんどんどん話を進めてるぜ」

「えっ。あ・・うん」

やはり、心ここにあらずだな。何を考えている? 狩野のこと・・?

「皇兄・・あの」

晶は包丁を置くと、大きな瞳でオレを仰いだ

「何?」

「ううん。何でもない。戻るね」

晶はオレから視線を逸らし、首を振るとリビングに戻って行った

「はぁ 」

自分の部屋に行こう。このままリビングで母さん達の話を聞いていても、狂いそうになるだけだ

晶にとっても、オレがいない方が好都合だろう

コーヒーを一気に飲みほすと、キッチンを出た

母さんが狩野達を夕食に誘う声が聞こえる

オレはとても食べれる気分ではない

一言、断わってから部屋に戻ろうとリビングを覗いた

『ここから、助けて』

晶の表情を見て瞬間、そうオレには聞こえた

晶は口元は笑っていたが、下がってくる瞼を必死に瞬きで保とうとしていて顔色もだんだん悪くなってきている

あいつ・・・

晶は具合が悪くてもギリギリまで言わずに、我慢してしまう性格

今回の場合は、狩野や二木がいるから、なおさら我慢するだろう

 
オレは大きく息を吸った

「晶、ちょと洗顔って、どこに置いてあるんだ?」

晶をリビングから出してやるには、呼び出すしかない

「いつもの所にないの?」

「ないから、聞いているんだろ。ちょっと来いよ」

半ば強引に晶を呼ぶと、オレは洗面所に向かって歩き出した

これで、晶が洗面所に来てくれればいいのだが・・

「戸棚になかったら、買い置きがないのかも」

オレの嘘を本気で捕らえ、洗顔フォームを探しにきた晶

「見つからないね。皇兄、今日だけ私の洗顔フォーム使うって言うのは・・」

晶の身体がオレの方に向いた・・と同時に両脇に手を伸ばし晶を抱き上げた

もう・・無理するな。晶

そして、晶に触れるのはこれが最後だ