晶のやわらかい身体を抱き上げると、髪からかすかに薬品の匂いがした

保健室で休んでいたせいだろう。化粧も香水も付けない晶は、すぐに他の匂いをつけてくる

このまま抱き上げていたら、オレの匂いしかしなくなるんだろうな

このまま・・ずっと・・



30分前、玄関の扉を開けると、女物と男物の靴が並んでいた

客・・? 靴を脱ぎながら廊下の先を見ると、リビングからいつもより甲高い晶の声が聞こえる

誘われるままに、リビングに行くと狩野が晶に向かって『かわいい』といってコーヒーを飲んでいるところだった

狩野の視線に晶は言葉を詰まらせていた

狩野の言葉ではないが、オレもカワイイと思うよ

その晶をオレは精神的に苦しめた

中に入って行こうか、迷っていると

「皇ちゃんもそう思うでしょ」

オレの存在に気づいた母さんが、オレに向かって話しかけた

「玄関まで声が響いてるぜ。晶」

突然話をふられたのと、質問の意図が解らないためオレはそう答えた

「お帰りなさい。皇兄」

晶がオレに向かって声を掛けた。てっきり、無視されるかと考えていたオレは目を見開いた

「ただ・・」

「ね、ね。皇ちゃんも晶ちゃんと響さんお似合いだと思わない?」

『ただいま』と晶に答えようとするオレの声の上から、少し興奮気味の母さんが身を乗り出して聞いてきた

晶と・・狩野・・・オレは二人を交互に見た

「似合うかどうかは知らないけど、いいんじゃないの」

本当はこんな事答えたくはなかった。けれど他にどう言える?オレの嫉妬心が晶を苦しめることになるなら、自分の気持ちを隠すしかない

これ以上晶に負担を掛けることは出来ない

「カ・・カステラ、皇兄の分も切ってくる」

晶はソファから立ち上がると、キッチンへと駆けていった

「響さん、あの子まともに男の人とお付き合いしたことないから、照れちゃってごめんなさい」
 
「晶ちゃんの控えめなところ僕は好きです。音楽室に来ても、彼女はピアノから一番遠い席に座るんですよ」

他人だと言うだけで、オレがいえない言葉を簡単に言える狩野が羨ましいと思った

『晶が好き』と言う言葉を・・・

「コーヒー入れてくる」

会話を聞くのが息苦しくなったオレはキッチンへと逃げた