「鼻の上にメレンゲついてる。それくらい気付けよ。ばーか」

ひとつ上の皇兄が私に言い放った
馬鹿って、馬鹿ってなによ
夢中でメレンゲを作っていたから、気付かなかっただけじゃない!

左手のひらにたっぷり石鹸を泡立てて、鼻の頭から優しくなぞりメレンゲの泡も石鹸の泡となって消えていく
顔全体が泡で包まれると、ぬるま湯で丁寧に洗った

「ん?」
なんとなく人の気配を感じ、すすぎながら薄目を開けると、鏡越しに皇兄の姿が見えた

「皇兄?」
振り向いては見たものの姿はなかった

気のせい・・・・?

最近の皇兄はどこか変
私の話をきいているのか?聞いていないのか解からないし、口調だって冷たい感じがする

もともと口数は少ない方だし、私と冗談を言い合う事もなかったけれど

ふわふわのタオルで顔を拭きながら台所に戻ると、皇兄の姿はなかった

「お母さん、皇兄は?」

「さぁ。出掛けるといって出て行ったけど・・。行き先は聞かなかったわ」

玄関に行くには洗面所を通らなければならないから、鏡越しに映った姿は気のせいではなかったのね


オーブンを覗き込み、チーズケーキが順調に膨らんでいるのを確かめると、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した

「ねぇお母さん、最近皇兄おかしくない?」

「そうねぇ。お母さんの子にしては冷静でしっかり者ね。それにお父さん似でカッコよくなってきたもの。もちろん晶ちゃんはお母さんに似てきれいになってきたわ」

今に始まった事じゃないけど、やっぱり検討違いの答えが返ってくるなぁ
私はそれ以上考えないことにした

「それにしても、良いにおいねぇ。今日は何を作っているの?」

「チーズケーキ。今回は自信あるんだ」

台所に立ちこもる甘い匂いを胸いっぱい吸った
 
そう。今回は絶対上手く焼けそうな気がする

もし、美味しく焼けたら・・わたし・・

「お母さん、私明日30分早く登校するね」

上手く焼けたら・・勇気を出して・・あの人に差し入れしてみよう

よしっ

心の中で気合を入れると、またオーブンを覗き込んだ