「しもた!言うたら願いがかなわんようなる。今のなしや」

 会長が焦って叫んでいたが、ほとんど聞こえていなかった

 キ・・ス・・

 晶の薄ピンク色の薄い小さな唇に、会長の唇が・・重なったのか

 オレが・・何回も夢見て、何度も想像して・・

 オレは、別の女を晶に見立ててキスしたというのに・・


 ・・スル・・スル

 繋いだ手が、骨が砕けたように力が入らなくなって行く

 やっと・・
 やっと晶を手に入れようと思った
 
 ここから、連れ去ろうと思ったのに
 
 少し開いた晶の唇を眺めながら、繋いでいた手で握りこぶしを作った

 戸惑いを隠せない晶が、大きな瞳でオレを仰ぐ

 「そっか・・ごめん」
 オレは晶にそう言い、ひとり神殿に向かって歩いて行った

 ごめん・・晶

 オレはまた、お前の気持ちを考えず、自分の欲望に走ろうとしていた

 ポケットの小銭を取り出し、賽銭箱に中てもなく入れる


 神様、あんたに感謝するよ

 最後の最後に気付かせてくれたおかげで、晶の前で嫌な男にならずに済んだ


 でも、やっぱりあんたは嫌いだ。いつも寸前で、オレの心を弄ぶ

 もう、ここには二度と来ない

 神殿に向かって、お辞儀をし、踵を返す

 狛犬の前で、会長がウチワで仰ぎ、双葉は灯篭に寄りかかっていた

 晶は胸の前で両手を合わせ、不安そうにオレの姿を目で追っている

 「皇兄」

 そして、オレの方に1歩踏み出して来た

 オレは、晶を無視して、双葉の前に立った

 「皇紀先輩?」
 双葉は、寄りかかった身体を起こした

 オレは、しゃがみ込み双葉の足首をそっと掴む

 「せ・・先輩!?」

 「痛いんだろ。足」

 双葉の足は、下駄の鼻緒で指の間がすり切れ、血が滲み出ていた

 「大丈夫ですよ」
 強がってはいるが、石段を登っている時の下駄の引きずり音からして、相当痛いはずだ

 「ここまで、酷くなる前に言えなかったのか?」

 「だって・・先輩と一緒にいたかったから・・」

 「まったく、辛い時は辛いって言えよ」

 オレはしゃがんだまま、双葉に背を向ける

 「その足じゃ、歩けないだろ。背負ってやる。ほら」

 双葉を背負って、立ち上がる

 「じゃぁ、オレ達行きますので」
 晶の顔を見ることもなく、オレは石段を下り降りた