「・・『もも』でいいですよ」

 オレが会長に『もも』と呼んでも良いのではないかと言う意見に、晶は笑いながら答えた

 晶を傷つけた

 真っ先にそう思った。顔は笑っているが、声が今にも泣き出しそうだ

 「それに、晶って名前、男の子みたいで嫌だったの。『もも』なら女の子らしくていいですよね」

 自分自身に言い聞かせるように、晶は言うと会長の手を両手で握った

 「お祭り、行きましょ。ね。」
 会長にだけ笑いかけ、オレの横を風のように通り過ぎる

 手に・・届くところに晶がいるのに、触れられない

 捕まえる事ができない

 「皇紀先輩、私達も行きましょ」
 隣で、双葉がオレの腕に自分の腕を絡ませてきた

 晶の紫陽花柄の浴衣

 本来なら、この紫陽花がらの浴衣を着るハズだった

 双葉の腕を振り払うことも出来ず、晶と会長の後姿を追って歩き出す

 「もも、そんなに急ぐ事あらへんやろ」
 会長の制止の言葉に、晶は立ち止まるとこっちを振り向いた

 「お祭り久しぶりだから、うれしくて」

 オレが、いるせいだろう。うれしそうには見えなかった
 晶は会長の前では、どんな表情をしているのだろう?

 「なぁ、なんで今日は浴衣にせえへんかったんや?ワンピース姿もかわええけど、浴衣姿楽しみにしてたんに」
 
 晶の小さな身体が宙に浮き、会長の目線の高さに抱えあげられた

 オレの掌に汗が滲み出る

 「こんな所で、やめてください」

 「なぁ、なんで?やっぱ、名前の事、怒っとったからか?」

 オレが息を呑む中、晶はこっちに目線を向けた

 「私・・優柔不断で、浴衣の柄が決められなかったんです」

 声のトーンでわかる。これは本心
 
 お前は、本当は双葉が着ている紫陽花柄を着るはずだったんだ
 今更、言っても遅いよな

 晶は、浴衣を着た事がない双葉に、浴衣を譲ったのだ。帯びはひとつしか持ってなかったはずだから

 「ももはやさしいなぁ」

 「!!」

 オレの目の前で、晶の額に会長のキスが下される

 やめろ!

 自然に手が出て、会長の浴衣を後ろから引っ張っていた

 「なんや!こーちゃん!!」

 晶は地面に降ろされ、額を押えていた

 「いえ、む・・虫がいまして」
 
 晶に触るな・・とも、ここから立ち去ることも出来ない