「さてと」

 腕まくりをして、ミニキッチンに付随している冷蔵庫の掃除に取り掛かった

 双葉さんがいない、ほんの1時間だけ、留守番を頼まれたと思えばいい

 1時間なんて、あーっという間・・・だよ

 となりの会長室のドアをそっと見る

 開く・・気配はなさそう
 
 私が、ここにいるって知ったら、皇兄ビックリするだろうなぁ

 髪を切った事も驚く?

 私が髪・・切った事、皇兄知っているはずだよね。切った当日に家に帰ってきてたらしいから・・物置で寝ちゃった私をベットまで運んでくれたのは皇兄だし

 「驚く訳ない・・っか」
 私の顔なんて見たくないんだもの

 「うっ」
 なんか、思い出したら悲しくなって来た。泣かないって決めたのに
 グッと涙をこらえ、パシャパシャと流しで顔を洗った

 カチャリ

 「!」
 扉の開く音に、雫を滴らせながら、しゃがみ込んだ

 まさか・・まさか・・
 
 冷たい水の雫が、頬をつたり制服の中に流れていく

 
 「おい、いるか?」
 低く通る・・皇兄の声

 いるって、私の事?

 「沢村」
 あぁ、双葉さんの事か。だよね、皇兄は私がここにいる事を知らない

 「・・・」
 とりあえず、無言の返答。だって、返事をしたら私だとバレてしまう

 
 「これを、15部コピーしてきてほしいんだが、いないのか?」

 うーん。代理はいるんですけど・・

 「ぁ・・ぁ」
 皇兄に聞こえないように、鼻をつまんで声を出してみた
 なんとか、行けるかもしれない

 「いましゅ」
 語尾が、どもってしまったよ

 「分かりました」
 バレた・・?ドキドキしながら、皇兄の返事を待つ

 「お前、風邪引いたのか?」

 良し!バレてない
 えーと、続き・続き・・と

 「いえ、大丈夫でしゅ。でもうつるといけないので、書類はそこに置いて下さい」

 「あぁ、じゃぁ頼む。これが終わったら、早く帰ったほうがいいぞ」

 優しい声をかけられ、パタンと会長室のドアが閉まった音を聞くと同時に、全身の力が抜けた

 ハンカチで顔と汗を拭きながら、立ち上がる

 「私の鼻声もまんざらではないわね」
 
 テーブルの上に置かれた書類を両手に抱えた

 「コピー15部、行ってきまーす」

 閉まった会長室に声をかけ、生徒会室を後にした