「あらら。晶ちゃんまた、皇ちゃんのところまで行ったの。困ったわねぇ」

台所に行くと片づけを終えた母さんが椅子に座るところだった

家族の中で一番おっとりしている母さんの口調は、困った風には聞こえない

「丁度コーヒーを入れたとこなの。皇ちゃんも飲むでしょう?」
「あぁ」
コポポポと音を立て、カップにコーヒーが入る

「はい、晶ちゃんが二階に上がったから、そろそろ皇ちゃんも起きてくるんじゃないかって思ってたのよねぇ」

『お母さんってすごいでしょ』と言わんばかりだ

それって、晶が二階に行くのを黙認してるって事だろ?

ため息をついてコーヒーをひと口飲む

「皇兄ひどい。そんなに怒鳴る事ないでしょ。ぶぅ」
晶が憤慨して、二階から降りてきた

はぁ、鼻の頭の上にメレンゲを乗せて憤慨されても、少しも怖くないんだよ

「皇兄だって私の作ったお菓子を食べるくせに」

それは、お前が食べないと子犬のように悲しそうな顔をするからだ

「おいしいっていつも言ってるくせに」

それは、父さんと母さんであってオレじゃないだろ

言わないだけで、口にはださないが晶の作ったものを 『まずい』 と思ったことはない

たとえ美味しくなくても・・だ

ピッ
オーブンのスイッチが晶の手によって押された

「ねぇ。私の話聞いてるの?」

首をかしげ、晶はオレの顔を覗き込んだ

「・・ついてる」
晶の顔を見ないで、そっけなく言う

「え?何?」

「鼻の上にメレンゲがついている。それくらい気づけよ。ばーか」

「・・・・」
晶の顔が見る間に赤くなり、ダッシュで洗面所まで駆けて行った