「今日は、左腕にしましょう。腕時計は外した方がいいわ」

 Yシャツの袖を肘まで上げ、腕時計は枕もとに置いた

 このベットに横になるのは、何回目だ?両腕にはいくつもの針の跡が残っている

 かれこれ、10日以上は、まともに食事をしていない。ここ4日間は、水と点滴とで身体を保っている状況だ

 「本当に、何も食べれない?何か口にした方がいいのよ。点滴にも限界があるから」

 五十嵐の家は、産婦人科をしているため、看護士が代わる代わる、オレの様子を見に来る
 さすがに、妊婦と一緒の診察ベットには横になれず、五十嵐の計らいで個室を利用させてもらっていた

 「このままだと、拒食症になってしまうわ」

 「拒食症の95%が女性だと聞いた事がありますが、残りの5%に俺が入っているんですね」

 「女性の場合、無理なダイエットが原因になるの。あと、ストレスかな。桜庭君はどちらも当てはまらないでしょう。このまま続く様なら精密検査を受けたほうがいいわ」

 食べ物を口に入れるだけで、胃が受け付けず嘔吐を繰り返す
 授業が終わると、病院に来て点滴を受け、学校に戻るという日課を繰り返していた

 「せめて、点滴が終わったらゆっくり休めばいいのだけれど」

 「生徒会の仕事があるので、ご迷惑をおかけします」
 ゆっくりと目を閉じて、点滴が流れてくる鼓動を感じる

 晶に会わないだけで、自分がこんなにもろい人間だと思っていなかった

 何より、晶が髪を切った原因がオレであると知ってから、コーヒーすら受け付けなくなった


 「点滴外すよん」
 皮膚から針を抜かれた感覚と、固定していたテープが剥がされ、ゆっくり目を開ける
 
 「お前、看護士じゃないだろ」
 点滴を外していたのは、五十嵐で、針を抜いた跡にキズバンを貼られた

 「点滴、終わったの気づいてなかっただろ」

 点滴は1時間30分。その間、眠っていたのか、かすかに意識があったのか覚えがない

 「また、学校に行くなと言いにきたのか?」 

 「いんや。生徒会の仕事、大変なんだろ。行ってこいよ」
 
 「?」
 いつもなら、口うるさいくらい引き止めるはずなのに

 「お前、何か企んでる?」

 「企むって人聞きの悪い。皇紀に食欲が出ますようにとお願いしてたの」

 「誰に?」

 「神様」