その男の人は私に駆け寄り、両手で私の顔を掴んだ

 突然の事で、私はポカンと口を開けた

 背丈は皇兄と同じか、1cmくらい上下していて、二重瞼の顔立ちの整った男の人

 でも、なぜか今にも泣きそうな目をしてる・・?

 「こいもちゃん・・いや、桜庭 晶チャンだよね?」
 声も、泣き声に近い?

 「そうですけど・・?」
 
 「はぁ・・マジかよ」
 力なくため息をつき、スルスルと私の顔から手が離れ、彼は床にしゃがみ込んで頭を抱えた

 ものすごく落ち込んでいる様に見える
 
 「なんで、なんで切っちゃったの?」

 「はい?」
 言っている意味がわからない
 
 桜場に目で『?』を示すと、目元を引きつらせ首を横に振って無言の返事が返ってきた。『相手にするなという事』かな

 「どうして、切っちゃうかな。染め直してないから良かったけど、絶対怒りそう、あいつ」

 大きな独り言がぶつぶつと響き、彼はゆっくり立ち上がった
 ムッとした目線が桜場に注がれている

 「お前がついていながら、どうして切らせたんだよ。守るんじゃなかったのか?」

 「あんたには言われる筋合いはない」

 桜場の知り合いの人?その割には、反感的な口調なんだけど

 「あー。そうですか」
 彼は早口で納得すると、私の方に目線を落とした

 「突然ごめんね。驚いた?」
 桜場への声色とは180度違う優しい声

 「君が髪を切っていたから、俺も動転しちゃってね。でも、すごく似合ってるよ」

 「はぁ」
 初対面なのに、ごく自然に言葉にする人なんだなと感じる

 「今から、何処に行くつもりなの?」

 「風紀委員長に会いに行くんですが」
 
 「俺が、風紀委員長だって言ったら?」

 「嘘をつくな、嘘を」
 横で桜場が叫ぶ
 この先輩が風紀委員長ではない事くらい私でもわかるよ

 「嘘だけど、半分嘘じゃない。生徒手帳出して。そこのお前も出せよ」
 半信半疑でポケットから生徒手帳を出すと、ペラペラとページがめくられ、違反のページで止まった

 ポンッと違反取り消し印が押される

 「え?え?」
 あまりのあっけない出来事に目が点になる
 桜場の違反も取り消されていた
 
 「これで、君は無罪放免。不本意だが、お前もな」
 
 取り消し印を押された生徒手帳を、2人で眺める