「痛い・・やめ・・」

 さらに、皇兄の掴む力は強くなり、私の腕は街灯の光の方向に放り出された

 その反動で、時計は宙に短い曲線を描く

 ガシャン

 時すでに遅く、時計はガラス戸を破ると、カンッと屋根に当たり、外に消えていった

 まるで、スローモーションを見ているかの様だった

 「あ・・時計」
 立ち尽くしていた私が、落ちた時計の事を考えるのに、しばらく時間がかかった

 「探しに行かないと」

 すでに、皇兄の姿はなく、部屋の扉が宙ぶらりんで開いていた

 皇兄に掴まれた腕が、熱い

 
 玄関を出て、時計の落ちた裏庭に向かう

 私が裏庭に着いた時、丁度、皇兄が地面から腕時計を拾い上げているところだった
 そして、それを両手で大事そうに抱えると、星を見上げ、耳に当てた

 「よかった。動いている」

 皇兄はまるで、恋人に囁くように優しく話しかけると、目を閉じ腕時計にキスをした

 
 ドクン・ドクン・ドクン
 さっきまで、何事もなかった私の心臓が動き出す

 皇兄の瞳がゆっくり開けられ、まっすぐに私を見据えた


 瞳に飲み込まれる 

 息が苦しい

自分でも気づかないうちに肩から息をしていた

苦しい


 『5分。相手の顔を見とっても何とも思わんかったら、それは恋やない。我慢できず逃げたいと思たら、1歩踏みとどまって、ここに聞くんや』

 あの時会長さんは、親指を立てて、鎖骨の下を指差した

 逃げずに、素直に心に問いてみろと


 「お前・・なんでここに?」
 動けない私の前に、皇兄が立っている

 皇兄の顔を見上げることが出来ない私は、ただ・・足元だけを見ていた

 1歩踏みとどまるどころか、逃げる事も出来ない

 「あき・・ら?」

 皇兄の柔らかい指先が私の肩に触れる

 「いっ嫌!!」

 手を払いのけ、身体を両手で抱え、しゃがみ込んだ

 皇兄に触れられた部分が熱い

 ポツン・ポツンと蕁麻疹が姿を見せる


 「お前・・何なの?自分の事はほっといてくれって、オレに言ったよな。なのに何でお前から近付いてくるわけ?」


 「・・・・」

 「また・・ダンマリ・・」

 「ごめん・・なさい」

 「そのセリフ、もう、何度も聞いた。もういい加減にしてくれ!」
 
 私の腕が掴まれ、引き上げられた