演奏会も終わり、時刻は17:30を過ぎている

 今からバスに乗って・・歩いて・・と、約束の時間までに家に着く事を確認した

 「先輩、今日はありがとうございました。私帰りますね」
 狩野先輩に挨拶をし、会場ホールを立ち去る私をお母さんが呼び止めた

 「晶ちゃん、何処行くの?」

 「え・・何処って、家に帰るんだけど」
 予定の昼食も演奏会も終了したし、後は帰るだけ

 「この後、響さんのお母さんと夕食も一緒にする事になったの。あなたも来なさい」

 「えっ!」
 私はお母さんの手首を掴み、ホールの女子トイレに連れ込んだ
 さすがにあの人だかりの場、まして狩野先輩の前で言い合いは出来ない

 「もう、勝手に決めないでよ。今日のお出かけだって聞いたのは朝だし、演奏会までって言ったじゃない」

 「この後、何か予定でもあるの?」
 興奮気味の私に対して、お母さんはいたって冷静

 「皇兄と一緒に夕飯を食べる約束をしてるから」
 私の返答にお母さんは深々と溜息をついた

 「嫁入り前の娘じゃあるまいし、皇ちゃんとの夕飯が最後と言うわけでもないでしょう」

 「そうだけど・・」
 でも、最近すれ違いが多くて、まともに会話もしてないし、知らない所で迷惑ばかりかけてるし・・

 「晶ちゃんがそうだから、皇ちゃんに彼女が出来ないの」

 「彼女がいないのが、何で私のせいになるの!?」
 突然、変な濡れ衣を着せられ、目を白黒させた

 確かに中学の頃の皇兄には、彼女らしき人がいたみたい
 でも高校に入ってからは、あの『沢村双葉』の噂ぐらいなもの

 硬派だという人もいるし、昔の彼女が忘れられないという説もあるらしいけど、私のせいで彼女が出来ないと言うのは違うと思う

 「晶ちゃんが危なっかしくて、無視出来ないからでしょう。だから晶ちゃんを任せられる男性が現れたら、皇ちゃんだって安心して彼女を作る事が出来るわ」

 あくまで、彼女を作らないのは私のせいにしたい様だ

 もう、こうなったら
 
 ポーチからハンカチを取り出し、手洗いの水を出した

 「晶ちゃん・・?」

 「化粧を落として、素顔を狩野先輩のお母さんに見てもらおうと思って」
 両手で水をすくい顔にかける瞬間

 「あんたって子は・・負けたわ・・」
 溜息まじりのお母さんの声が私の背後から聞こえてきた