「皇ちゃんに頼んで正解ね。さっ、もう約束の時間を過ぎてるわ。行くわよ」

 手首を掴まれ、階段を引きずり降ろされた

 「待ってよ。お母さん」

 「その靴を履いて、急いで」

 全然、私の言葉が耳に入っていない

 「離して」
 玄関ポーチでようやく、お母さんの手を振りほどいた

 「私、行きたくないの」

 「な・・」
 母さんの表情が見る間に、笑顔から鬼の形相に変化していった
 こめかみの部分がピクピクと脈打っている

 やぱい
 本気で怒っている
 
 「どういうことかしら?」

 「えっと・・」
 目線を合わせない様に、頭の中はどう言い訳するか、駆け巡っていた

 「やっぱり、この顔では行けないと思うの。来週じゃだめ?」
 
 「お母さんのメイクに文句があるわけ?痣だってほとんど分からないでしょ」
 言葉、ひとつひとつにトゲがある
 
 けれど、お母さん。皇兄は痣に気が付いたんだよ

 「晶ちゃん、いい加減にしないと、学校でケンカした事、皇ちゃんに言うわよ」

 「!」

 私は唇を噛みしめた

 お母さんに本当の事言わなきゃよかった
 思わず、口を滑らした私が悪いんだけど・・

 「こ・・皇兄には言わないで、お母さん」

 皇兄にはバレーボールで顔面にボールが当たった事になっている

 ケンカで付けた痣だって知られたら・・・

 「じゃぁ、行くわよね」
 念を押され、渋々うなずいた

 「うん。わかった行くよ。でも、少しだけ時間ちょうだい」

 靴を脱ぎ捨て、ワンピースの裾を持ち上げると、階段を駆け上がる

 「きゃっ」
 
 「危ない」

 階段の最後の2段目でワンピースの裾を踏んで、危うく転びそうになった所を、皇兄の腕に支えられ、身体がふわりと浮いた

 「気をつけろ。ここから落ちたら、痣だけじゃすまない」
 
 皇兄の前に無事下ろされ、額を撫でられる
 
 「うん。ありがとう皇兄。それでね・・その・・」
 
 「行って来いよ。母さん怒ってるんだろ」

 「ごめん・・なさい」
 本当にごめんね。皇兄
 
 「いいよ、謝らなくても。さっきのお前の言葉だけで、オレすごく嬉しかったから、もう十分」

 私の言葉?
 皇兄は本当に嬉しそうに笑った

 「皇兄。私、絶対19時までに帰って夕飯を作るから、一緒に食べよう。約束」

 皇兄の右の小指をとり、強引に指きりをした